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緊急報告「福田首相辞任と日中関係への影響」=川村範行氏
2008 -9 - 3 9:53

川村範行

(日中関係学会理事、東京新聞・中日新聞前論説委員)

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突然の辞任を表明する福田首相

一、総論

 1年前の安倍晋三前首相に続く福田首相の突然の辞任は政権運営が行き詰まった結果であり、日本政治の不安定性を内外に晒した。安倍、福田と二代にわたり総選挙による国民の洗礼を受けない政権が続いたことは異常であり、日本の議院内閣制の形骸化と劣化をもたらしたといえる。二代続けて一国の指導者の任を自ら途中放棄した人物を首相に選んだ自民、公明両与党の責任は重い。自民党は昨年に続きまたしても「首のすげ替え」でこの事態を乗り切ろうと麻生太郎総裁に向けて動き出したが、国民不在も甚だしい。憲政の常道として野党第一党の民主党に政権を明け渡すか、速やかに解散総選挙に踏み切り民意を問うべきである。衆議院の自民・公明政権と、参議院の野党政権という戦後日本議会政治初の二重政権状態(筆者は「ねじれ国会」とは表現しない)が続く限り、日本政治の不安定さは解消されない。対外的には日中関係の改善とアジア外交の進展に力を入れてきた福田首相の辞任は、中国やアジア諸国にとっては惜しまれよう。中国に対抗意識の強い麻生首相の誕生となれば、日中関係やアジア外交のあり方に影を落とすと予測される。ロシアのグルジア侵攻により「新冷戦」の局面を迎え、国際関係が一層複雑化する中で、日本政治の安定化と外交戦略の練り直しが急務となろう。

二、福田首相辞任の無責任性

(1)福田首相の辞任は国民の目には唐突に映り、無責任のそしりを免れない。辞任の理由・背景をまとめると、次のようである。@衆参両院の二重政権状態のため、当面の臨時国会でも法案の成立に手間取り、政策遂行が思うように進まない。A内閣改造後も支持率が上昇せず、このままでは解散・総選挙で大敗する可能性がある。B自民党内に福田離れの動きが出始め、求心力が落ちてきている。頼みの公明党がインド洋での自衛隊給油活動の継続に難色を示し、来年夏の東京都議選対策のために年明けの解散・総選挙を求めるなど、与党協力に溝ができはじめた。しかし、政権与党であれば政策遂行に全知全能を傾けて取り組むべきであり、政権運営の行き詰まりにより政権を投げ出す行為は国民への背信に等しい。

(2)福田氏は8月1日に内閣改造と自民党役員一新を図った直後であり、9月12日から総合経済対策などを審議する臨時国会を控えており、辞任は国民の信頼を裏切る行為だ。安倍氏が昨年7月の参院選挙で大敗し、民意に逆らって居残り、やはり臨時国会で表明演説を行ったにも拘わらず、代表質問を受ける当日直前に辞意を表明した前代未聞の場面と重なる。安倍氏は小泉純一郎元首相からの禅譲により首相の座を射止め、福田氏は派閥力学の談合により自民党総裁に選ばれたが、二人とも総選挙を一度も経ていない。国民の洗礼を受けていないためか、二人とも首相としての責任感のなさと首相の地位の軽さが嘆かわしい。国際社会から見ても日本の首相、日本そのものへの信頼を失墜させたといえる。

 三、与党の責任 

(1)自民党は06年9月に小泉元首相の辞任に伴い国民的人気を理由に安倍氏を総理・総裁に選び、さらに07年7月に大敗を喫した参院選直後には安倍氏の続投を支持し、07年9月に安倍氏が辞任したあとに福田氏を擁立したが、相次ぐ首相の責任放棄によって擁立が間違っていたことが明確になった。憲政の常道からすれば、自民党は潔く政権を野党に渡して下野すべきである。公明党にも安倍氏に次いで福田氏を支持した責任上、連立を解消するか、下野すべきである。しかし、自民、公明両党は今回も福田辞任に対する反省を明確にせず、特に自民党は直ちに総裁選挙に走り出したのは国民無視といえる。

(2)自民党が昨年9月に福田擁立でまとまったのは「反麻生」の権力闘争の色彩が濃く、政策を後回しにした経緯がある。福田氏は昨年9月の総裁選立候補前に派閥有力者との間で格差是正、アジア外交重視などの基本政策で合意したが、小泉・安倍路線からの脱却か、それとも構造改革政策の継承か、政策軸を明確にしないままだった。今回、積極財政・対中消極姿勢の麻生氏を総理・総裁に擁立するとしたら、政策の一貫性は益々曖昧になる。国民の政治に対する不信感を増長する。

(3)公明党の連立継続は国民の目から見て納得できない。小泉、安倍内閣での憲法改正、自衛隊イラク派兵、格差是認政策は護憲、平和、民生を重んじる公明党の政策とは大きく矛盾するもので、下部組織からは自民党追随に対しての不満があった。今回の福田氏への非協力ともとれる姿勢は党利党略が絡んでおり、与党の座に固執するのではなく連立解消こそ取るべき道だろう。

四、総裁選・国会の動向

(1)自民党総裁選の行方はどうか。麻生氏が最有力とされるが、福田・麻生両氏の間で「禅譲密約」があったとされ、麻生首相誕生の暁にはマイナスに働く可能性がある。総選挙をにらんで「国民的な人気」という観点から、麻生氏の他に小池百合子・元防衛相などの名前が挙げられているが、政策性の是非を軽視した選び方を取るなら、国民の不信感を招くだろう。また、総裁選の時期を民主党の代表選の時期に対抗したのは、いかにも姑息なやり方と批判される。

(2)総選挙はいつになるか。自民党は麻生首相誕生後の臨時国会で解散・総選挙に打って出る可能性もある。あるいは年末・年始の解散・総選挙の可能性も指摘される。しかし、臨時国会では2008年度補正予算の審議に野党が抵抗し混乱することも予想され、政局は流動的だ。

五、日中関係への影響

(1)福田政権の貢献 

 日中関係は安倍政権が戦略的互恵関係を切り開いた後を受けて、福田氏は07年12月に訪中し、08年5月に胡錦濤主席との間で「戦略的互恵関係の包括的推進」で合意した。また福田氏は靖国神社参拝をしなかったことにより、中国の世論を刺激せず中国政府を安心させたことは大きい。チベット暴乱のときも胡錦濤政権を非難せず、北京五輪開幕式に出席して胡錦濤政権を側面援助したことは重要だ。中国に理解の深い福田氏の辞任は中国にとってはマイナスとなろう。

(2)麻生氏の中国牽制 

 麻生氏は「日中は1000年も憎みあってきた」(ビル・エモット著「アジア三国志」)との考えを持ち、安倍政権下の外相時代に中国を牽制する「自由と繁栄の弧」政策を推進しようとした。麻生氏は靖国参拝推進論者でもある。従って、麻生政権が誕生すれば、日中関係は表面的には大きな変化はなく、小泉時代のような「政冷経熱」に逆戻りする可能性は低いが、麻生氏の対中姿勢や彼独特の「失言癖」によって微妙に左右されよう。日中両国の首脳往来により「春暖」まで進めた関係は今後やや肌寒くなることもあり、「盛夏」を迎えることは難しいだろう。福田政権下で進展を見た戦略的互恵関係の包括的推進は基本的には政府関係機関と団体・企業などが実務を担って進めていくだろうが、項目によってはスピードが鈍ることも予想される。例えば東海油田の問題は両国政府間で大筋で合意し法的整備を詰めている段階だが、自民党内の対中強行派の力は健在のため、最終決着までには予断を許さない。

(3)アジア外交 

 福田氏はアジア外交重視を掲げていた。福田氏の父、福田赳夫元首相が東南アジア歴訪の時に「心と心で結ぶ関係」という対東南アジア政策(福田ドクトリン)を発表したことに倣い、福田氏は「新福田ドクトリン」を発表した。東南アジアからは福田氏アジア外交姿勢は歓迎されていたため、福田氏の辞任は惜しまれる。

(4)東アジア共同体 

 小泉前首相は一時的に「東アジア共同体の促進」を是認したかのような言動があったが、その後は東アジア共同体を主導しようした中国への対抗心を露わにした。さらに安倍氏は中国への対抗から「価値観外交」を掲げて、東アジアサミットにはオーストラリア、ニュージーランド、インドをオブザーバー参加させるよう動いた。福田氏は政権構想の中で「東アジア共同体の実現」を明記し、中国、韓国やASEAN10カ国との協調態勢を促進し、ASEANからも歓迎された。麻生氏は前述したように、対中牽制の外交姿勢を継続するようなら、東アジア共同体の促進は遠ざかることになろう。

(写真:中新社) 

【川村範行略歴】

1974年、早稲田大学政治経済学部卒業後、中日新聞社入社。編集局社会部、外報部各デスク、上海支局長(1995年―98年)などを経て、2003年から東京本社(東京新聞)論説室論説委員。07年6月から名古屋本社出版部長。日本中国関係学会理事。日中科学技術文化センター理事。同済大学亜太研究中心顧問、鄭州大学亜太研究中心客員研究員、北京城市学院客座教授。

 
 
 

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