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上海〜長崎航路復活の旅(上)「Ocean Rose」が、「海上学校」に
2011年 11月 14日8:56 / 提供:

 98年前の2月10日、1隻の客船がゆっくりと上海港を離れた。同船には中国革命と世界史の発展に重要な影響を及ぼした人物が乗っていた。その人物は孫文(孫中山)だ。

 2日後の13日に、同船は上海に最も近い日本の港町―長崎に寄港した。孫文の生涯にわたり、日本へ行き来したのは16回で、このうち長崎に足を運んだのは9回。1913年だけで2回もあった。

 10年後の1923年、上海〜長崎航路が初めて公式に開通した。翌年の11月23日に、孫文は人生の終止符が打たれる前に9回目の上海〜長崎航路に乗った・・・。

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まもなく出港する「Ocean Rose」

 歴史は1943年に入った。上海〜長崎航路は戦争でなくなり、1994年に2度目の復活をしたにもかかわらず、海外観光の手続きや生活のレベルアップ制限などのため、1997年に3年足らずで運航停止に追い込まれた。

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中国人に和太鼓の敲き方を教える日本人女性(右)=「Ocean Rose」で

 歴史が新たな1ページを切り開いたのは2011年11月5日午前12時20分だ。辛亥革命百周年であり、長崎県と上海市が姉妹都市を締結して15周年でもあるこの歴史的な年に当たって注目の「上海〜長崎」航路、クルーザー・「Ocean Rose」(オーシャンローズ)が再開した。

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上海〜長崎航路再開の歴史的意義を強調する長崎県の中村法道知事=「Ocean Rose」で

 「Ocean Rose」は「海上学校」となった。長崎県の知事、議長が相次いで上海〜長崎航路再開の歴史的意義を強調し、在長崎の中国総領事館の李文亮総領事が「上海〜長崎」航路の魅力を語り続け、在上海日本国総領事館の泉裕泰総領事も「上海〜長崎」航路復活と日中関係の影響をめぐり演説を行っていた。

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日中関係の影響をめぐり演説を行う在上海日本国総領事館の泉裕泰総領事=「Ocean Rose」で

 「Ocean Rose」は楊浦大橋を過ぎた頃から、「授業休憩」時間が始まり、「和太鼓」と「初音会」が登場し、リラックスした雰囲気を醸し出した。「Ocean Rose」は揚子江の出口から海へと航行する際には、孫文が率いた辛亥革命をサポートした梅屋庄吉のひ孫にあたる小坂文乃さんが2時間も「孫文と梅屋庄吉」の物語を「講義」した。

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中日の歴史を語る在長崎の中国総領事館の李文亮総領事=「Ocean Rose」で

 「Ocean Rose」は楊浦大橋を過ぎた頃から、「授業休憩」時間が始まり、「和太鼓」と「初音会」が登場し、リラックスした雰囲気を醸し出した。「Ocean Rose」は揚子江の出口から海へと航行する際には、孫文が率いた辛亥革命をサポートした梅屋庄吉のひ孫にあたる小坂文乃さんが2時間も「孫文と梅屋庄吉」の物語を「講義」した。

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「孫文と梅屋庄吉」の物語を「講義」する小坂文乃さん(右)=「Ocean Rose」で

 6日午後3時40分に、「Ocean Rose」は長崎に到着した。港での「授業」も続いていた。長崎県の田中桂之助副知事は「今年、東日本大震災の後、温家宝首相が被災地を訪れたことに深く感謝している。被災地は現在、復興過程にあり、中国からより多くの観光客が日本を訪れ、活力をもたらすと同時に、被災地の復興にプラスの作用もあることを期待している。この航路が上海と長崎、中国と日本の友情を結ぶものになることを希望している」と話した後で、中日友好協会の朱丹・副秘書長が「来年の中日国交正常化40周年に上海・長崎航路の運航が正式に再開される。これが中日両国を結ぶ広く、便利で快適な懸け橋になると信じている」と述べた。

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「Ocean Rose」が長崎到着した後挨拶する長崎県の田中桂之助副知事

 「Ocean Rose」には、長崎から上海に到着した際、特別な「乗客」がいた。それは梅屋庄吉の銅像だった。日本の実業家・梅屋庄吉が孫中山に挙兵するなら財政支援すると言ったことが広く伝えられた。この友情を記念して今年、長崎県は特別に梅屋庄吉の銅像を制作し、上海に贈った。これより前に中国政府は、長崎に孫中山と梅屋庄吉夫妻の3人の銅像を贈っている。

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長崎港での歓迎ムード

 長崎は中国上海まで直線距離で800キロ余りしかない。中国経済の急発展、国民の海外旅行に対する需要の伸び、中日両国の人々の交流と経済・貿易往来の増加で、古いこの航路が再開され、来年から正式に運航される。 

(章坤良 写真:曹 俊) 

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