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『和解』に向けて国際理解教育を=川村範行氏
2014年12月 24日15:16 乛 提供:

東方ネットを訪問する川村範行氏=章坤良撮影

日本日中関係学会理事、名古屋外国語大学特任教授 川村 範行 (東京新聞·中日新聞元論説委員、上海支局長)

一、はじめに(前言)

 本日は、歴史と伝統のある同済大学にて、中日韓三カ国関係にとって意義の有る民間フォーラムに出席し発言する機会を得たことは、非常に光栄である。こうした機会を与えてくれた同済大学亜細亜太平洋研究センターの蔡建国主任と関係者の皆様に、深く感謝申し上げたい。私たち大学や団体の学者·研究者が公正、客観的、理性的な態度で三カ国共通の課題について意見交換し、相互理解を促進することは極めて重要であると考える。

 最初に、去る11月に北京で開催されたAPEC(アジア太平洋経済協力会議)期間中に習近平中国国家主席と安倍晋三首相の首脳会談が実現し、危機管理メカニズムを早期に確立すること等で合意したことは、東アジアの平和と安定のために大きな一里塚である。またAPECを舞台に朴槿惠韓国大統領と安倍晋三首相の懇談が実現したことは日韓関係改善の兆しであり、評価したい。

二、中日関係、日韓関係の課題  

 日中両国は2012年9月の尖閣諸島(中国名·釣魚島)国有化決定以来、領有権問題を巡り摩擦を生じた。1972年の国交正常化以来、最も良くない状態となり、政治外交ほか経済貿易や民間交流にまで悪影響を及ぼした。さらに2013年12月の安倍晋三首相の靖国神社参拝が原因となり、歴史認識問題を巡り両国関係がさらに悪化した。しかし、2014年春以降、両国政府間で関係改善の模索が始まり、去る11月の首脳会談の実現に結びついた。今後は両国政府間で同意した4原則を基に戦略的互恵関係に立ち返って、関係改善を誠実に実現することが必要となる。  

 日韓両国間でも、竹島(韓国名·独島)の領有権問題や従軍慰安婦等の歴史認識問題が摩擦の要因となっている。2014年に入り、両国間で関係改善の模索が行われ、徐々に外交当局ルートで協議が進展していることに期待をしたい。

三、国民感情の問題  

 しかし、最も難しいのは国民感情の問題である。国内世論はその国の外交にも影響を与える。日中韓三カ国間の国民感情の問題を如何に克服するかに注意を払う必要がある。日本外務省が毎年公表している外交調査によると、中国への好感度は2013年に「親しみを感じる」が18.1%で、「親しみを感じない」が80.7%と調査史上最悪になっている。好感度が最高だった1980年の78.6%とは、対照的な逆転現象である。

 中国に「親しみを感じる」という好感度は国交正常化後の1970年代から80年代半ばにかけて70-80%の高水準にあったが、89年以降は好感度が低下し、90年代には50%前後を推移、2000年代前半から半ばまでの「政冷経熱」状態では40%台に低下し、2008年には餃子中毒事件などの影響で好感度33%にまで落ち込んだ。2009年には6ポイント上昇し、初めて好感度低下傾向に歯止めがかかったが、2010年には尖閣諸島海域での中国漁船衝突事件の影響で好感度は20%に低落している。

 また、日本のNPO法人「言論NPO」と中国の英字紙チャイナデーリーが2014年6、7月に両国で実施した共同世論調査の結果、日本人の「相手国に対する印象」は、「良くない」が93.0%となり、昨年の90.1%よりもさらに悪化した。一方、中国人の日本国に対する印象は「良くない」が86.8%となり、過去最悪だった昨年の92.8%よりは僅かに改善している。  

 日本人の中国に対する悪印象の理由は、「国際的なルールと異なる行動をするから」が55.1%で、「資源やエネルギー、食料の確保などの行動が自己中心的に見えるから」が52.8%と続いており、中国の強引とも映る大国的行動が悪印象を招いている。一方、中国人の日本に対する悪印象の理由では、「日本が魚釣島を国有化し対立を引き起こした」が64.0%と、「侵略の歴史をきちんと謝罪し反省していないこと」が59.6%の2要因が目立っている。日本人の8割、中国人の7割が、悪化する国民感情の現状を「望ましくなく心配」、「問題であり、改善が必要」と認識している。  

 日中関係が両国にとって「重要である」「どちらかといえば重要」と考えているのは、日本人では70.6%(昨年74.1%)とまだ7割を超えているが、この10年では最も低い水準である。中国人も65.0%が日中関係を「重要である」と考えているが、昨年の72.3%から減少して7割を切り、過去10年間でも最も低い水準となっている。 日本と中国がアジアの共通課題で協力していくことについて、日本人は「賛成」は66.1%と6割を超えており、「反対」は7.7%に過ぎない。中国人も「賛成」は52.2%と半数を超えているが、協力に「反対」する人も33.5%存在し、日本側とは相違点がある。協力するべき具体的な分野としては、日本人側は「大気汚染などの環境問題」(85.6%)、「食の安全·安心」(80.2%)の2分野が8割を超え、「北朝鮮の核問題」が67.3%、「東アジアの平和維持」が59.6%と続いている。これに対して中国人側では協力すべき分野が具体的に集中していない。第一位は「東アジアにおける平和維持」が37.8%、次に「原子力の安全問題」が33.8%だが、いずれも4割を切っている。また、言論NPOの日韓両国民に対する調査(2014年7月)では、韓国に対する印象を「良い」と回答する日本人 は2割、日本に対する印象を「良い」とする韓国人は2割弱に過ぎない。

四、日中関係ゼミの実践

 私は勤務している名古屋外国語大学で2013年4月から、2年生以上を対象にした総合教養ゼミで、「尖閣諸諸問題を研究し、日中関係を考える」をテーマに取り上げている。期間は半年間、授業回数は計15回、1回90分のゼミである。既に2年間にわたり計4期、このゼミで同一テーマを継続している。このゼミの狙いは、領有権問題について日中両国の主張と根拠が何であるかを客観的に学生に学習、理解させて、日中関係はどうあるべきかについて考えることである。テキストとして、私の知人で共同通信社論説委員の岡田充氏が執筆した「尖閣諸島問題 領土ナショナリズムの魔力」(蒼蒼社発行)を活用している。本の内容は日中双方の立場に中立的で、客観的な記述に終始しており、客観的資料を付けている。

 授業の具体的内容は、1回目、2回目に私が尖閣諸島問題の概要と日中国交正常化の経緯を説明した後、3回目から学生たちがテキストの内容を順次分担して学習し、疑問点を自分で調べて、要点を整理して発表する。最初はほとんどの学生たちが尖閣諸島は日本のものであると漠然と考えていたが、授業回数を進めるうちに学生たちは中国側の主張の根拠も知って理解するようになる。テキストを完了した後、学生が中国側、日本側、中立の三グループに分かれて討論会を行い、お互いに意見を述べ合う。こうして、領有権問題と日中関係についての理解を深めるのである。         

 ゼミの最後に、学生は二つの課題についてリポートを作成し提出する。第一は「尖閣領有権問題について日本、中国双方の主張とその根拠を述べよ。」、第二は「日中関係の今後の在り方について述べよ」である。私は、リポートの採点に当たり、それぞれ歴史的経緯と国際関係の両観点から学生のリポート内容を審査する。

 レポートの内容を一部紹介する。某男子学生は「日本人一人一人が中国側の時代背景を知ったうえで領有権問題の解決策を考えれば、最良の答えが出るのではないだろうか。この問題を解決するために両国全ての国民が客観的にこの問題を知ること、一方的な先入観や偏見を捨てることが必要である。政治家が冷静な態度で領有権問題に望んでほしい」と主張している。某女子学生は「両国の領有権問題の対立状態を打開するには、両国が島の所有権を平等に持つことである。両国民が自由に出入りできる島であるべきだ。その島は文化交流の地として、お互いの素晴らしさを築き上げ、より深い仲になってほしい」と主張している。  

 また、私は2年生以上の学生を対象に中国政治経済論、中国社会論、中国文化論の講座を担当している。こうした授業では第一回目に学生に中国の印象についてのアンケート調査をしている。①「中国に好感を持っている」②「どちらかと言えば好感を持っている」③「特に良いとも悪いとも感じない」④「中国が嫌いである」⑤「どちらかと言えば好感を持っていない」の五つの選択肢から選ぶ方式である。①②を合わせた好感度は、5、6年前は平均60~70%に上ったが、2012年以降減少し、2014年は平均20%を切っている。逆に、④⑤を合わせた不好感度は5、6年前は20~30%だったが、最近は逆転して60~70%に増えている。即ち現実の日中関係が学生の心理にも反映していることが明らかである。だが、授業で当代中国の政治経済·社会·文化事情や、日中関係の現代史を客観的に説明していくと、半年後のアンケートでは中国への好感度が30~40%にまで回復している。これは即ち、“教育の成果”と言える。  

四、国民感情問題の背景と日中韓三カ国関係の重要性  

 国民感情の問題がどこからきているのか。朴喆煕·ソウル大学国際大学院教授は2014月10月30日付け中日新聞朝刊「視座」で「21世紀に入り、中国の浮上という新たな現象に直面した日本は、新たな『脱亜入欧』とも呼ぶべきアジアからの心理的隔離が現れている。」と指摘。「中国を潜在的脅威と捉え、韓国は中国に向いていると言った偏見が広がる中、アジアとは一線を引いたまま米国に代表される国際社会との関係を強めようとする動き」と捉えている。確かに、安倍政権にはこうした傾向が色濃く表れている。

 日中韓の総人口は世界の21.7%にのぼり、三カ国の国内総生産の合計は世界経済の21·5%を占める。三カ国が世界人口·経済のほぼ5分の一を占める。この地域が21世紀における世界経済の中心地であり、成長の要である。日本の輸出総額のうち18.2%は対中輸出を占め、韓国の対中輸出も24·6%に上る。朴教授は「アジアとの共生は日本にとっても利益が大きい」と指摘しているが、日本は中国、韓国との関係改善を早急に実現する必要があることは明らかである。

五、結論  

 日中韓三カ国の大学·学校教育の中でお互いに領有権問題や歴史認識問題などについて、自国の主張とその根拠を教えるとともに相手国の主張の内容·根拠も客観的に説明することが必要ではないか。自国が一方的に正しいとして、自国の主張だけを一方的に教えているとしたら、偏狭で排他的なナショナリズムを増長させることになる危険性がある。 次の段階として、日中間や日韓間で「和解」に向けた課題と可能性を追求することが必要であることを強調したい。

 元ドイツ駐中国·駐日本大使·ボルカースタンゼル氏は去る11月1日、東京での国際シンポジウムで「日本は戦後に他の関係国と和解しているが、中国、韓国とは和解していない。ドイツはフランスと一緒になって欧州周辺国との和解を進めたが、日本はアジアで和解を進めていくパートナーがいなかった。被害世代が生きている間に和解を可能にできないか」と、日本と中国、韓国との和解を提起している。  

 このシンポジウムで袁偉時·中山大学教授は、「中国と韓国はまず外交関係を樹立した後、貿易を発展させ、思想文化交流を進め、これが和解を実現した。日本と中国は国交正常化の後、政治指導者が不再戦を永遠に誓い、貿易を発展させて、和解ができたはずなのに、なぜまた問題になったのか」と疑問を投げかける。  

 この点について、紛争関係に詳しい汪錚·セトンホール大学教授は「日中国交正常化はトップダウンの正常化であって、草の根レベルの和解は達成していない」と分析。日中間には歴史教育の衝突やアイデンティティーの衝突があり、「中国の歴史教育はあまりにも民族的反感に基づく教育が強い。日本は反省的、批判的な教育をする」と、指摘している。問題克服のために日中間で歴史共同研究を立ち上げることを提起している。  

 最後に、私は中日両国の大学、教育関係機関が採るべき具体的な対策4項目を提案したい。 ①日中韓三カ国の大学が「日中連携講座」、「日韓連携講座」を試験的に設置する。この講座では、領有権問題と歴史認識問題を中心にして、それぞれ三カ国の主張内容と双方の相違点について客観的に講義し、学生に学習させる。実績を積んだら、他の複数の大学でも同様の講座を広げる。 ②日中韓三カ国の大学が「北東アジア和解学」講座を新設する。この講座では、独仏和解のプロセス、中韓和解のプロセス、日中和解の課題と可能性、日韓和解の課題と可能性について、それぞれ客観的に講義し、学生に学習させる。 ③日中韓三カ国の大学·研究機関が歴史共同研究に取り組む。既に、日韓間、日中間では1990年代から2000年代にかけて政府合意により、歴史共同研究が実施され、中間報告が提出されている。日中間では南京大虐殺の敏感な数字については双方の見解を併記して、客観性と公正性を維持している。今後は、日中間で尖閣諸島領有権問題について、日韓間では竹島領有権問題について、それぞれ共同研究の第二幕を開始するよう提言する。 ④青少年交流とメディア交流を強化する。2008年の福田康夫首相、胡錦濤国家主席の日中首脳合意に基づき、日中青少年交流は年間4千人規模に拡大し、ホームステイ体験する高校生が増えているが、これを継続拡大する。次世代の相互理解、相互信頼を構築することが将来の中日関係の基礎となる。

 偏見と憎しみは相互理解を妨げる障害である。無知と無理解はお互いに誤解と争いを生む。1931年の満州事変発生数か月前に東京帝国大学の学生を対象にしたアンケート調査で、中国への武力行使も辞さないとする学生は8割を超えていた。日本最高の英知ですら、このような偏った考えに支配されていたのである。満州事変から日中戦争へと発展したのは、旧日本軍の独走だけではなくて、軍部を間接的に支持した一般国民世論があったからである。抗日戦争勝利·反ファシスト戦争勝利70周年を2015年に迎えるが、私たち日中韓三カ国の国民はお互いに偏見と憎しみを減少し、理解と協力を増進させる努力をすべきである。真の国民相互理解を構築していくために、大学人、教育者の責任は重い。


【川村範行略歴】

 名古屋外国語大学外国語学部教授(特任)。日本日中関係学会副会長、日中科学技術文化中心理事、日中協会理事、同済大学亜太研究中心顧問教授、北京城市学院客座教授、武漢大学日本研究中心客座研究員。1974年、早稲田大学政治経済学部卒業後、中日新聞社入社。上海支局長、論説委員、社長室次長など歴任。11年4月より現職。専門は現代中国論、現代中日関係論、中日メディア比較論。著書に「中国社会の基層変化と日中関係の変容」(日本評論社、2014年)、「日中関係の未来を築く」「アジア太平洋地区と日中関係」(ともに上海社会科学院出版社刊、共著)。論文「尖閣諸島領有権問題を巡る日中関係の構造的変化に関する考察」(名古屋外国語大学紀要、2014年2月)ほか多数。

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