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世情人情純情商店街(二)

2016年 6月 7日17:09 提供:東方ネット 編集者:兪静斐

作者:銭 暁波

 前回の続きである。

 東京商店街ランキングの銀メダルを勝ちとったのは「築地場外市場商店街」である。言わずと知れた世界的に有名な水産物を中心とした卸売市場(場内市場)と隣接しているため、一般客でも卸値並みの値段で新鮮な食材が手に入り、昔からグルメの穴場とされている。場所は「銀座の目と鼻の先」で立地がよく、交通も至便なので、今は東京の観光スポットの一つともなっている。世界中から観光客が集まり、買い物の傍らどんぶりやお寿司など海の幸を味わう楽しみも満喫できる。しかし、2016年11月に場内市場が移設される予定があるため、場外市場商店街の繁栄ぶりは継続できるかどうか疑問の声もある。

  さて、いよいよ待望の金メダル商店街の登場である。

  毎年の年末年始に、お正月用品を買い求めるお客で賑わうこの商店街は、激安商品が飛ぶように売れていき、中でもとりわけ投げ売りが名物で、売り子の威勢のいい掛け声とパフォーマンスで見物客の心をくすぐっている。そう。そこは山手線の上野駅と御徒町駅を連結する「アメヤ横丁」である。

  通称「アメ横」で親しまれているこの商店街は戦後の闇市から発展してきたもので、決して上品とはいえなく、むしろ雑で荒っぽいイメージが定着している。今もなおときどきパンチパーマの強面のヤーさん風オヤジが店頭に立って、道行く人に声をかけ、押し売りのようなやり方で商品を販売している。しかし、それを見て怯んではいけない。粘り強く値交渉すれば、オヤジが気前よくまけてくれることもしばしば。強面のしたには下町ならではの人情が沁みこんでいる。

 東京の商店街、変わらないのがその深い人情である。

 平成の大不況がはじまって以来、「失われた二十年」という言い方は日本の景気が下り坂を転げ落ちていることを物語っている。これによって東京の都市改造がだいぶ遅れてしまい、ほぼ停滞気味であると批判する人がいる。経済の活性化や都市発展論の立場からみてその見方は一理あると思うが、各々の住民の目線からたどっていくと、その「停滞」ぶりは安定した変わらない都市生活の原風景をもたらしてくれるのである。それを文芸的な言い方にすると、都市の純情さが残るというわけである。

 「都市の価値とは、(略)生活と労働の継続的なプロセスであり、日々の体験によって徐々に形成されていくものであり、住民にしろ、建物にしろ、今日ここにあるものが明日も続いていくという希望なのである。(略)継続性がなくなった時が、都市が魂を失う時である。」(シャロン·ズーキン『都市はなぜ魂を失ったか』)

 結局、私たちはどんどん巨大化していく都市に何を求めて生きているのだろう。長年かけて作られた思い出が徐々に消えていくのをみて、命が消耗されている悲しさを実感せずにはいられなくなる。国際大都市である上海の繁栄ぶりの背後では、文化の継続性や包容力がどんどん喪失していくのである。少々感傷的だが、小生は、かつての生命の痕跡をこの生まれ育ったふるさとである上海に求めることがだんだん少なくなり、むしろ、都市の純情さがまだ幾分か残っている東京に戻る度に、心底に何かが呼び起こされ、深く感銘を受けるのである。(了)