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魯迅は上海のレストランPRの達人(2)――「功徳林」

2021年 8月 18日17:47 提供:東方網 編集者:範易成

  魯迅は56年間の人生最後の9年を上海で送った。その9年間に記録したレストランは75店ある。魯迅は自分が料理好きというだけでなく、友人にもおいしいレストランを熱心に勧めていた。

  上海百年老舗のレストラン「功徳林」は、「精進料理の元祖」の名で知られている。200種類以上のメニューがあり、精進料理の素鶏(大豆製品で肉を使用しない料理)などが看板のメニューだ。当時書かれた記録によれば、魯迅が上海で生活していた間で最も頻繁に訪れたレストランは功徳林であった。

  当時、功徳林は人気が高く、柳亜子、沈鈞儒、鄒韜奋などの有名人が店の常連客だった。また、日本人やパキスタン人などの外国人も功徳林によく食事に訪れていた。

  魯迅もこの店が大のお気に入りで、文豪のバーナード·ショーに紹介したほどだ。

  ノーベル文学賞を受賞したバーナード·ショーは、当時の文学界のビッグスクーターだった。 1933年、上海に到着したバーナード·ショーは、控えめに行動していた。彼は船を降りると、周りの人に小さなパーティーにしか参加したくないと言った。

 そこで、魯迅、宋慶齢、蔡元培、林語堂などは莫利愛路寓所にバーナード·ショーを招待し、特別な「家宴」を開いた。その場に功徳林のシェフを招き、四喜焼麩をはじめ、看板のケツギョ(淡水魚の一種)料理、素蟹粉、羅漢菜といった功徳林の看板料理を作ってもらった。


 素蟹粉はジャガイモとニンジンを混ぜてペースト状にし、カニのように味つけしたものだ。バーナード·ショーは特に看板のケツギョ料理に驚いたという。きのこを用いて作り、ケチャップをかけた外見からは、魚でないことは全然想像できなかったようだ。

 おいしい料理を食べた後、バーナード·ショーは「功徳林」に「精進料理の元祖」の名を与えた。今でも上海の功徳林南京西路総店では、当時と同じ、これら美味しい精進料理が食べられる。

(編集:f)