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刺繍は中国の古くからの民族手工芸術の一つであり、過去の民族物質文明の進歩と向上に、大きな貢献をしてきた。
中国の刺繍の起源は古く、文献の記録では舜(伝説上の帝王)の時代から存在し、考古学上の遺跡の発掘からは、現在のところ商周(?〜前249)のものが確認されている。当時の刺繍は、地位の上下をあらわす衣服の装飾として使われ、政治的な意味を持っていた。その後は一般の生活上の装飾として便われるようになり、民間に広く普及するようになった。刺繍には芸術性があり、その発展段階によってさまざまな特色が見られる。
現存している初期の刺繍からは、周代(前1122〜前249)のものは簡単粗雑な作りで、戦国時代(前403〜前221)からしだいに緻密化し、漢代(前202〜後8)になってから芸術性があらわれはじめたことが認められる。
漢代には経済的に発展しさまざまな産業が栄え、紡績業が発達した多くの富豪が出現して新たな消費階層を形成した。そのような社会に刺繍の需要は増し、一般社会に衣服の装飾として広まったばかりか製作も専業化し、とくに芸術性が追求されるようになった。出土品のなかから、この時代のものは技巧も緻密で図案も多様化し、華麗さのあらわれたことが認められ、この時代が優秀な伝統的民族工芸の出発点となったと言ってもよい。
その後も刺繍は継続して発展し使用範囲もまたそれを用いる層も広まっていった。また魏晋(前403〜前376)から隋唐(581〜907)の時代には、刺繍は宗教的な意義をも担っていた。仏教が栄えたのはこの時代であり、信徒はその信心の深さをあらわすため、刺繍のなかでも高貴なものを選び、時間をかけて編み、仏像に供えた。これを繍仏といい、この風潮が最も盛んになったのは唐代であった。この繍仏は現在イギリスや日本の博物館も収蔵しており、その緻密さと色彩の華麗さには人の心を動かすものがあり、この時代すでに完成された刺繍の存在したことを示している。
唐代には、もう一つの意味においても刺繍は新たな展開を見せた。編み方が変化したのだ。唐代の前までは一貫して「鎖刺繍」法のみであったが、この時代にいたって「平針刺繍」法が生まれ、この編み方が現在にいたってもなお刺繍編みの主流になっている。この編み方は針の使い方が多様化したことによって、編み手は自在に創作性を発揮でき、芸術性が表現できるようになった。この「平針刺繍」がたちまち「鎖刺繍」にとって代わり、刺繍発展史において一大刷新をもたらした。
宋代(960〜1276)は中国の刺繍がピークに達した時代である。生産量と品質はもちろん空前のものとなり、とくに純審美的な芸術作品としての方面で大きな発展があった。この時代の刺繍の芸術性については、刺繍史における最高のものといってもよいだろう。宋代に刺繍が大発展した要因としては、@「平針刺繍」法がさらに高度化して多くの編み方が案出された、A工具や材料が改良され針がより細くて硬質化し、いっそう細い糸で編めるようになった、B芸術的な書画と組み合わせ、名人の作品を題材とすることが可能となり、絵画としての域にまで達した、という三点があげられる。この時代の純芸術的な作品は、針さばきも技巧的となり糸の色の組み合わせも豊富となって、後世の人々から大いに称賛され驚嘆されるところとなっている。
明代(1368〜1644)は手工芸が大いに発展した時代であり、刺繍も宋代の優れた基礎を継承し、時代の勢い気運に応じ継続して隆盛を見せ、新たな楼閣を積み上げた。明代の刺繍にも多くの特色が見られる。その一は用途の方面であり、この時代には刺繍が社会の各層に広く流行し、刺繍のないところはないというほどとなり、このあとの清代とともに、中国史上刺繍が最も流行した時代となったことである。その二は技術の方面であり、一般においても刺繍が実用品として編まれるようになって技術も普遍的に高まり、材料も良質となって技巧が精錬されたものになったことである。しかも宋代に完成された優れた伝統を基礎に、新たな技巧も加えられた。とくにこの時代には、すでに刺繍を専業として名を成す家族や個人があらわれはじめた。たとえば、有名な「露香園」は上海の顧家の製作によるものである。この種の絵画的な「刺繍画」の出現は一世を風靡し、多くの作家が誕生し、社会からも受け入れられた。これは明末から清初期に最高の隆盛期を迎えた。その三は種類の方面であり、刺繍は本来、糸を材料とするものであったが、明代の人はこれ以外の材料も使いはじめたことである。透かし編み刺繍、毛髪刺繍、紙刺繍、ビロード貼り刺繍、紗刺繍、金糸刺繍など、この時代に芸術作品としての刺繍の範囲が大いに拡大された。
清代(1616〜1912)の刺繍の発展はおよそ明代の隆盛を継承したものとなり、そのまま三百年間依然として隆盛を維持し衰えることはなく、さらに二つの点において特色を見せた。その一は、地方性を帯びた刺繍が雨後の竹ノ子のごとく台頭した点である。そのうち有名なものには蘇州刺繍、広東刺繍、四川刺繍、湖南刺繍、北京刺繍、山東刺繍などがあり、それぞれが特徴を持ち妍を競い合った。その二は、清末に外国とくに日本の刺繍の長所を取り入れた点と、西洋の絵画的観念を導入した点である。前者は沈壽を創始者とする「美術刺繍」が代表例であり、後者では江蘇の楊守玉のはじめた「乱針刺繍」が有名であり、いずれも伝統に新たな血液を注入し新局面を開拓したものとなった。
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