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七宝焼は、明の景泰年間(1450〜1456)に芸術作品として完成されたため「景泰藍」といわれ、学名を「?絲琺瑯」という。いろいろな色彩のホーローを銅の台座に塗って焼き、多様な彩りを浮かび上がらせた美術工芸品である。この技術は本来ヨーロッパから伝わったものだが、中国の工匠たちの深い研究によってその技術にいっそうの磨きがかけられ、中国の「景泰藍」が世界の七宝焼の鑑定と美の塞準となった。このことは、中国工芸家の世界の美術界に対する大きな貢献といえよう。 元朝(1271〜1368)のときに伝教師が中央アジアをへて伝えた。中国人はその焼き物の技術を吸収し、いくたびかの改良を加えて光沢を出し、中国特有の工芸技術の一つに仕上げた。明朝の景泰年間にこの七宝焼の製造が最盛期を迎え、緻密な美も加わり、このときの製品には一種独特の藍色が基調とされ、このことから「景泰藍」の名がついた。
七宝焼が中国に伝来してからこれほど短期間に完成品となったのは、当時の中国がすでに鋳銅の治金技術とガラスや上薬の製造技術を持ち、かつ焼き物の温度調整にも精通し、七宝焼の発展に好ましい条件を備えていたからだろう。さらに、ホーローがかもし出す柔らかさや光沢、その陶器の緻密さがまた中国人の嗜好によく合った。
七宝焼は、まず銅の台座に細い銅線を溶接しながら各種の図柄や花模様を描きこみ、それらの紋様に応じていろいろな色彩のホーローを流しこんで作られる。
ホーローは鉛丹、ホウ酸塩、ガラス粉などの原科を溶解し化合させて不透明あるいは半透明の光沢ある物質に変えて作られ、そこへそれぞれに異なる酸化金属物質を加えると、さまざまな色彩を持ったホーローができあがる。
溶解で液状となったホーローを冷却すると固天体となり、さらにそれを粉状に砕いて水分を加えて調整する。
つぎに細かい銅線で描かれた各種紋様のなかにホーローを流しこんで再加熱する。最初の加熱でホーローは収縮しながら硬質体となり、凹凸ができる。そこへまた同色のホーローを塗りこみ、再度加熱する。それを何度も繰り返しているうちに凹凸はなくなる。
このようにして焼き上げたホーローの表面を磨き上げると、銅線で溶接された図柄通りのホーロー質ができあがる。
最後に、露出している銅線の紋様部分とホーロ一の塗られていない台座に金メッキをほどこし、ここに七宝焼の芸術作品が完成する。
緻密な七宝焼は色彩に潤いがあって鮮やかでなければならず、またホーローの部分が厚く堅固で紋様に均整がとれており、金メッキの部分にも光沢がなければならない。その愛くるしい造形と細やかな紋様からは、一種の風雅な温かさが感じられ、見る人の目を幻想の世界に誘いこまずにはおかないだろう。
近年来、多くの人が近代的機械製品やその工芸品を使用するなかにあって、芸術的な手工芸作家が精神をこめて造り上げた精巧で美しい七宝焼の各種装飾品が、ことさら重宝されるようになってきている。風雅さを持ったこれら伝統的工芸作品は、現代生活にも合っているばかりでなく、生活に潤いを与えいっそう豊かなものとし、また伝統的な技芸の火を絶やさず、ますます大きなものとしている。
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