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書道
2002 -12 - 23   15:39

中国書道は世界文化史上に咲き誇る独特の美しい華であり、また東方文化特有の貴重な宝でもある。書道、形象芸術の角度から見るとそれは絵画。なぜならば、多彩な形によって人に感動を与えるからである。抽象芸術の角度から見ると、それは音楽。なぜならば、音楽のように安らぎのリズムとメロディを表すからである。実用の角度から見ると、それは文字である。
 文字は言語の貝体的表現である。中国の文字は6種類の構造−すなわち象形、形声、会意、指事、仮借、転注のいわゆる「六書」−の組み合わせによって成り立っている。筆、墨、紙、硯を道具とし、線を媒介として表現する書道。中国歴代の書家たちは、次から次へと無尽蔵に、多様な書体を編み出してきた。こうしてつくられた種々雑多な書体を系統化すると、大きく5種類に分類できる。すなわち、篆書、隷書、楷書、行書、草書である。

「篆書」の筆使いは、縦線であろうと横線であろうと、線の先が尖って鋭く、線は細いが力強い。篆書は、早くも秦の時代には咲き乱れる花のごとくに発展していた。当時の篆書は、主として大篆と小篆の二種類に分類される。小篆の筆使いはまろやかで流れるようで、大篆に比べて整っている。大篆の代表的作品には、石鼓文、「秦公?」銘文などがある。秦の李斯の「泰山刻石」は小篆の鑑ともいえるもので、以後歴代の篆書家のほとんどが崇めお手本とした。

「隷書」ができたのは、日増しに繁雑化する文書処理に即応するためであった。迅速な書写ができるようにと、秦の獄吏であった程貌がこのような角ばった字体をつくりだした。篆書の構造を変え、横線は水平に縦線は垂直に書き、筆画の緊密を強調した。隷書は、書いてみると篆書よりはるかに書きやすく、おかげで後世の子孫は多くの貴重な時間を節約でき、学術の面にも極めて大きな価値をもたらした。

「楷書」は、漢の時代に隷書の字体をもとに楷書の法を作り、改良を加えた書体だ。現代の人はこれを「正楷」と呼んでいる。楷書は、隷書よりさらに書きやすかったので、漢代の人々はみなこれを用い、実際生活の需要に適応させていた。唐代になると、楷書は非常に盛んになり、顔真卿のような書家が、力強く雄大な気勢で一派をなし、後世に大きな影響を与えた。

「行書」は、楷書と草書の中間にある。隷書ほどには角張らず、篆書ほどには丸みもなく、言い換えれば楷書の変形である。書いてみると、人が道を行くような筆使いなので「行書」と呼ばれるようになった。一般的には、行書は東漢の劉徳昇に起こり、魏のはじめに鐘?が少し形を変えたといわれる。その後、晋代の書家である王羲之、王献之親子によって大成され、大流行した。行書は、書いてみると非常に便利で、急ぎの用に速やかに対応することができる。歴代の有名な行書の作品は非常に多いが、とりわけ東晋の王*之による「蘭亭序」が第一の筆跡である。

「草書」の名称は非常に多い。草篆、草隷、狂草などとさまざまに呼ばれるが、その構造は簡単で、筆筋は切れめがなく、すらすらと速く書けるが、一字一字の識別がつきにくい。しかし、こうした特色のおかげで、「書は已に尽きるとも意は止まらず、筆止まるといえども勢いは窮まらず」といった妙がある。五つの書体の中で、草書がもっとも抽象芸術の特質を備えている。歴代の能筆家、たとえば東晋の王献之、唐代の懐素から近代の于右任に到るまで、みな乱れの中に秩序のある筆跡で、一派を成した。

 中国書道はは実用性を備え、人々の生活上の必要に応えられるだけではない。絵画と並んで中国芸術史の主流の座にあり、上は皇室から下は庶民に到るまで相争って収集する芸術品でもある。書は、表装して額に入れられ客間?書斎に掛けられて人々の鑑賞に供されたり、各宮庁、商店などの看板や名勝地の説明文、碑誌などさまざまな用途に用いられたりしているが、いずれも極めて高い芸術的価値を有している。古今の名を成した書家たちは、書道芸術の面に非凡な造詣を持っていただけでなく、文学にも相当の研究を積んでいた。彼らの書道作品は、自選の詩や詞、対句、手紙などではなく、有名な文学者の作品から引用したものであることが多かった。

 中国書道は、人の心身両面にとって極めて有益な芸術である。書道は忍耐力と恒常心を鍛えることができる。そのおかげで、中国歴代の書道家たちは、その多くが長寿である。また書道は、性格を変え、高尚な情操を養うことができるので、歴代の中国の知識人は書道をたいへん重視してきた。

 数千年来、中国書道は国内において、個性の陶冶や知識人の理想と抱負を表現する役割を与えられてきた。それだけでなく、書道は日本や韓国、東南アジア各国などの隣国にも取入れられ、それぞれの国で独自に発展してきた。第二次世界大戦後は、西側諸国も中国書道の影響を受け、1948年には北欧で「コブラ」画会が設立された。これは、日本書道を通して受けた中国書道の影響が色濃く反映している現代画派である。このことからも、中国書道が世界の芸術界に占める重要な地位を知ることができる。

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