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田中君子
先日、ある語学学校の日本語教室を参観する機会があった。一番後ろの席に坐って見学してもいいということで教室に入ったのだが、予想以上に小さく、入り口のドアのすぐそばにまで机と椅子がおかれている。生徒は20人ぐらいときいていたが、席を数えるとちょうど20席しかなく、教室の隅に予備と思われる椅子がおかれている。授業開始の六時半まであと三分ほどしかないのに、教室にいるのはたったの六人。うち、近くのケンタッキーで買ったと思われるハンバーガーにぱくついている人が三人、机に突っ伏して寝ている人が二人、残りの一人はケータイにメールを打ち込んでいた。先生は六時半ちょうどに教室にやってきた。まだ20代後半と思われる中国人女性だ。先生は、録音テープやスライドのチェックをしながら生徒が揃うのを待っているようだった。10分後の六時四〇分、教室には15人の生徒が到着していた。私は席がなくなるのを恐れて予備の席に坐りなおした。
授業開始。「高級日語」クラスなので、先生は主に日本語で話し、時に中国語で説明を加えた。授業が始まる前は、生徒のやる気のなさそうな様子や遅刻者の多さにこのクラス大丈夫かな、と不安に思っていたが、授業が始まると寝ていた生徒の目も真剣になり、まるで先生を睨みつけているかのようだ。授業がすすむにつれ、ますます彼らの真剣さに目を奪われた。先生が日本語を話しているときは、皆先生の顔(主に口元)を凝視し、ノートをとっていた生徒もその手を止めて先生に目を向ける。そして先生の説明が一段落すると、すぐに誰かが先生に質問をあびせる。それも一人二人でなく、同時に3〜4人が先生に声をかけるため、声の大きい人から質問できるような状態だ。もし私が一挙にそんな質問をあびたらビックリしてしまうが、中国ではこういうことは日常的なことなのだろう、先生は慣れた様子で一人一人の質問に答えていく。「辞書では〜〜とあったのですが、これでもいいのですか?」というような質問もあり、予習してきていることがわかる。
語学習得に大切なことは声を出すことだといわれるが、先生は生徒に声を出す機会を多く与えていた。録音テープのあとについて何度も発音練習、スライドを見ながらその場面に合った日本語を生徒に発言させる。当てられた生徒以外の生徒も自分でぶつぶつと声に出して言っている。
一時間半の授業はあっという間に終わった。どの生徒にも「日本語を確実にものにするぞ!」という意気込みが感じられる授業だった。
今回授業を見て思った。以前、日本人の中国語教室を参観したことがあるが、教室の空気が全く違う。中国語教室では質問が飛び交うことも生徒全員が先生を見ていることもなかった。静かな、ただノートにペンを走らせる光景が目立つ授業だった。大勢の前で大声を出すことをはばかる日本人体質は語学習得に不利な要素だなと改めて感じた。
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