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第二十九回 白内障手術での入院生活
2007 -5 - 15   9:46

斎藤 彰

 

1.    白内障の自覚と症状

今から10年以上前、眼鏡の度が合わなくなり、車の運転にも支障が出るため、眼鏡を買い替えたものの、三ヶ月も経たないうちにまた、遠方が見えにくくなり、行きつけの眼鏡店へ行き、検眼したところ、近視が進行しているとのことでした。それ以前は一度眼鏡を買い替えると3年程度問題なかったので、眼鏡店店員から眼科医での診察をアドバイスされ、病院へ行きました。一般的に年をとるにつれ老眼が出る代わりに近視はなくなるといわれ、自分自身もそのように考えていました。

 

2.日本での通院

何故、近視が進むのか不審に思いながら、病院へ行き、診察を受けました。結果は「白内障」とのことで、白内障でも「近視がさらに進み、乱視、老眼」が並存する状態との事でした。因みに白内障でも私の場合と違い単に「老眼」だけで見えにくい症状もあるとの事でした。医師は命に別状が無く、当面眼鏡で矯正できる間は手術の必要が無いので、定期的に検査のため通院するようにとのことでした。近視の度が進むと眼鏡レンズの厚さが相当なものになるので、初めはソフトコンタクトレンズにしましたが、ソフトコンタクトレンズでは対応できないほど近視の進行が早く、ハードコンタクトレンズにし、これまでに5回買い換えてきました。2006年12月に帰国し、病院で検査、診察の結果、眼鏡での強制は無理なので、手術するとの結論が出されました。自分としても特に夜間、見えにくく不安でしたので手術することにいたしました。

 

3.日本と中国との手術日程

現在、上海と大連で仕事をしている関係で、仕事に支障を来たさない範囲で、白内障手術をすることを考えていましたが、3月半ばに日本での手術予約のタイムリミットもあり、日本、中国どちらで手術するか結論を出さねばならず、知人は万一を考えたら「日本」ですべきと言い、中国人の知人は仮に中国で手術するなら「上海」と言い、結果として、中国大連第三人民医院で入院手術しました。

 

 

日本の場合

中国の場合(結果)

検査

3月22日(1日)

3月16日(1日)

手術

右眼 4月16日

左眼 4月23日

3月26日入院

右眼 3月28日

左眼 4月02日

4月05日退院

手術後の養生

1週間に1回検査通院、概ね2ヶ月通院

退院1週間後に検査通院、但し毎日定時に目薬を自分で点滴

 

4.手術結果

 

 

右眼

左眼

近視

乱視

老眼

色彩感覚(光の感度)

手術前

裸眼0.1(矯正0.6)

裸眼0.2(矯正0.7)

極度の近視

全体が暗い(特に夜間は見え難い)

手術後

裸眼1.0

裸眼1.5

無し

無し

全体が明るく、色が鮮やか

 

 

ただ、最終的な視力は手術後三ヶ月たたないと決まらないとのことでした。

 

5.中国での手術を決めたポイント

3月16日、会社のベテラン社員の父親が白内障手術をした病院へ初めて診察のため行きました。所定の手続きを済ませ、白内障症状の検査が行われました。担当の医師は35歳くらいの男性で、検査機器は日本でも検査したときと同様、見覚えのある「日本製、ドイツ製、アメリカ製」の最新のものでした。日本での診察では「かなり角膜が硬くなっており難しい部類」と言われていましたので、医師の診断結果も同様かと思っていたところ、通常の白内障と何ら変わらず、直ぐに手術しましょう、とのことでした。但し、手術をするためには条件があり、「血圧、糖尿病、眼底から咽頭部への水流」に問題があると、手術はできないと付け加えられました。直ぐにこれらの検査があり、幸い「問題なし」とのことで、直ぐに入院の書類が渡され、3月20日入院となりました。上述の通り、日本と同様の検査機器であり、手術可否の検査方法、医師が若く適切な説明等と病院が大連では「白内障を含めた眼科手術では最も良い」といったことが、最終的に中国で手術をする決心をしたポイントでした。蛇足になりますが、眼底から咽頭部の水流検査ですが、「眼に純水?」を注射針で注入するとその水が眼の縁から下へ流れ、咽頭部を通って食道へ流れ込むものでした。この検査を受けたとき、五官が繋がっていることを実感し、人体の構造は良くできていると感心しました。この流れが詰まっていると手術は不可能で、先にこの詰まっている部分の治療が必要なようです。

 

6.手術の状況

当初3月20日入院と思っており、念のため3月19日に病院へ電話確認したところ、入院患者が11名おり、3月20日入院は不可能とのことで、病院からの連絡待ちとなり、1週間後の3月26日ベッドが空いたとの連絡があり、26日に入院しました。入院に際しては「まず、入院手術に必要な費用として6,100元」の納付があり、これを支払うことが絶対条件のようです。

手術当日は午前6時に検温、血圧測定、8時に事務室に手術対象者の氏名と手術時間が書かれ、自分の順番を知ることができます。当日の患者は11名で私は5番目でした。順番が決まり、医師から手術の方法、手術後の後遺症発生の可能性、万一の場合の措置が説明され、さらに医師から手術は「遠くが見えるようにするのか」「遠くより近くを見えるようにするか」の質問があり、私は、「遠くが見えるように」とお願いしました。説明が済むと了解したらサインするように言われ、納得してサインしました。勿論中国語での説明ですので、会社の日本語を話すベテラン社員へ通訳をお願いしました。

手術は9時からはじまり、私は9時50分に手術室の控え室へ呼ばれ、待つこと30分で順番が来ました。手術室は2部屋あり、医師1名、看護婦2名がチームとなって、患者一人当たり約30分で終わるようでした。初めに手術中咳、くしゃみが出そうになったら直ぐ医師にそのことを告げることを中国語、英語で言われ、眼球に麻酔注射がされ手術がはじまりました。角膜に人工レンズを入れる段階で「フランス製のレンズ」を入れることが医師から告げられ、暫くして「終わった」と言われ、手術は無事済みました。最初に特に悪くなっていた右眼の手術でしたので、術後「眼帯」を着け病室へ戻りました。手術が終わるまで待機してくれた社員も仕事があり会社へ戻り一人になったので、時間もあり病室から廊下に出たところ、周囲の中国人から「手術」をしたのかとか「何故日本人がこの病院を選んだのか」等何人からも聞かれ、下手な中国語で質問へ答えました。ただ、同じような手術をした人が手術後「余り見えない」とのことを言われ、内心、手術したからと言って全て旨く行かないことを知り、そのときはどうしようと不安になりました。

手術の翌日、8時に眼帯を外し、視力検査と術後検査があり、検査室へ呼ばれ、眼帯を外ずされ、見えなかったらどうしようと思いながら「視力検査表」をみたところ、「一番上から一番下まで全て綺麗に」見えました。これまで暗くて見えなかっただけに感激し嬉しさのあまり、大声を出してしまいました。医師からは「成功」との言葉があり、同日に手術を受けた11名の中で最も良い結果との事でした。周囲の中国人が「おめでとう=祝賀」と言ってくれ手術して良かったとの実感が湧きました。今まで、中国の照明は暗いと思っていたのですが自分の眼が悪かったから暗かったことに気づき、さらにくすんで見えた色も明るく鮮やかなので驚きました。そのほか、手術前は瞼を閉じると真っ暗でしたが、手術後は瞼を閉じても明るさを感じ、何十年ぶりに光を感じるようになったと実感し、外の風景も手術前とは別世界でした。

私は当然、右眼、左眼両方とも手術するつもりでしたが、医師に呼ばれ、術後の経過が良いので4月1日退院と告げられ、驚いて左眼もお願いすると言ったところ、直ちに4月2日手術と決まり、ついては4月2日午前8時までに手術費用等として6,000元を納付するように看護婦から言われました。慌てて会社へ電話し、入院費用(個人が預けた額)を持参するように依頼した次第です。確かに両眼で6,100元は安いと思っていましたので、矢張り費用が必要なことを理解しました。

4月2日は手術予定者が5名で私の順番は1番目でした。今回は要領も分かっていましたので会社の社員へ付き添いは依頼せず、手術前に同様の説明を受け、サインをして9時に手術室へ一人で行きました。手術は全く同じで約30分で終わり、一人で病室へ戻りました。

右眼と同様手術の翌日、4月3日に眼帯が外され視力検査が行われ、「視力検査表」をみたところ、「一番上から一番下まで全て綺麗に」見えました。医師からは「成功」との言葉がありました。人間勝手なもので手術したので、見えることは当然と無意識ながらあったのか、右眼のときと比べると感激したものの興奮と言うレベルではなかった気がします。

 

6.看護体制

基本的には24時間の完全看護体制ですが、高齢者、子供の場合は付き添いが付いていました。入院した日から退院するまで、毎朝6時に検温、一日8回の目薬注入、9時半に眼の洗浄、が繰り返し行われ、若い看護婦がてきぱきと処置してくれました。午前9時に眼の検査があり、これは医師が直接行いました。手術後の夜は「眼に痛みがないか」の問診があり、問題があると直ちに医師が検査、処置をしていたようです。幸い私は術後の痛みもなくお世話になることはありませんでした。夜は当直の看護婦がナースセンターにおり、患者から呼ばれると直ぐに行き、適切に処置をしたりし、日本とほとんど変わらないと思いました。

 

7.入院生活

 

入院準備として、日本での入院経験(20年ほど前左足複雑骨折で60日間入院)から常識的に必要と思われる「下着」「タオル」「ティシュペーパー」「石鹸」「洗面器」「ハンガー」「筆記用具」を持参することにしましたが、中国の場合、多分「トイレットペーパー」が必要だと気づき、追加して持参しました。入院当日、責任医師と責任看護婦が明示されます。次いで、医師から病院規則が説明され「入院時着用の白衣」と「魔法瓶」が渡され、指定された病室へ行きました。大連第三人民医院はベッド数400床程度で、病棟は全て「白内障を含めた全ての眼科患者」用で一人部屋、二人部屋、四人部屋があり、私は二人部屋と決まりました。病室で服を白衣に着替え、することも無いので取り敢えずベッドに座り、同室の患者さんと下手な中国語で筆談を交え会話したりしておりました。その方は65歳で付き添いも不要で、左眼だけ手術し2日後に退院されました。

「病室の配置」

部屋は日本の4畳半相当

ベッドの仕切りカーテン無し

付き添い用エキストラベッド無し

付き添う場合、90cmベッドに患者と付き添いの人が頭部を逆にして寝る

エアコン無し、3月末まではスチーム暖房あり

4月1日以降は暖房無し(エアコン、テレビのある病室もありますが入院費用が高いとのことです)

「給食」

食事は病院に食堂があるとのことでしたので、単純に食堂へ行き食べれば良いと思っていたところ、全く違って、注文制で給食を朝、昼、晩に運んでくるシステムでした。入院の夜から給食を受け取ることにしたものの、給食は「薄いビニール袋」に入っており、それを渡されても食器がないとどうにもならないことが分かりました。まさか、食器と箸が必要とは考えもしませんでしたので、これらは持参していませんでした。

しかし、便利なことに給食を配送する人が食器と箸の予備を持っており、食器は金属製のボールで5元とのことで購入し、箸は無料でした。

給食は翌日分を前日にいくつかのメニューから選択して予約し、同時に現金を支払う仕組みでした。給食費は朝、昼、晩で一日当たり、7元から10元程度でした。因みにメニューは「ご飯、マントウ、面、お粥、何種類かの野菜の煮物、魚等」があり、暖かいものが食べられ助かりました。病院での給食のせいか、10日間入院しましたが、入院時計量のとき74kgでしたが、退院時に計量したら70kgになっていました。ダイエットを考えておられる方は病院の給食は効果があるのではないでしょうか。

給食が終わると、食器を洗わねばならず、共同の洗い場で片付けるのですが、患者、付き添いの人が洗い場に食事の残りやタバコの吸殻を流すため、直ぐに下水がつまり水が滞留してしまいます。日本でも下水が詰まったときにお馴染みの圧縮空気を送るゴムのついた棒があるものの、ほとんどの人はそのまま放置していました。私は暇であり、衛生的にも良くないので、気がつくたびにその棒で流していました。たまたま私がその作業をしているのを見た中国人が何故そんなことをするのかと言うので、綺麗なほうが気持ちよいと思わないかと応えました。中国の場合、仕事の種類によりその仕事をする人が決まっており、清掃は清掃担当がするもので、自分はそのようなことはしないと思っている人が大多数ですので、日本のように気づいた人が片付けたり、清掃する習慣が無いことを実感しましたが、その後、洗い場へ行ったところ、どういう訳か比較的水が滞留しなくなり、食事の残り、タバコの吸殻を捨てる割合が減ったようでした。

 

「入院費」

日本の場合、退院時に一括して入院費用等を清算することが普通ですが、中国は全て「先に支払」となっているようで、冒頭でも触れましたとおり、私は病院へ預かり金の形で、12,100元を収めました。日本ですと退院のときに費用が幾ら掛かったが分かりますが、この病院の場合は、毎日、夕方に前日の費用明細が看護婦から配布され、前納金残高が幾らかが分かるようになっていました。手術の日は1日4,400元程度で、単に検査、投薬、眼の洗浄程度の場合1日160元程度でした。驚いたことに看護婦の費用は1日6元ですので、日本円ですと90円程度でした。退院の日に預かり金証書を持参して、会計で清算し余額があると返金されます。最初に入院費用見込み額を支払うことに戸惑いましたが、結果としては毎日費用が通知されますので、合理的ともいえるのではないかとも思いました。ただ、事前に費用を支払わないと未払いのまま退院してしまう場合もあるので、病院にすれば予防措置としているのかも知れません。

蛇足となりますが、上海に住んでいたとき、公共料金は全て請求書が来てからコンビニ等で支払う仕組みでしたが、ここ大連は所謂「デポジット制」で全て事前に費用を払い、それがなくなると警告はあるものの、これを見落とすと全てのサービスがストップされます。私自身電気料金、電話料金が不足したことがあり2日間停電、通話不能の措置を受けました。聞くところによると、上海が例外で一般的には「デポジット制」だそうです。

 

「エピソード」

@     親切心と心遣い:入院した翌日、看護婦から検査があるので準備して2階の病室から1階へ来るようにと指示され、まさか入院した病院から外部へ行くなど想像もせず、軽装で行ったところ、看護婦から寒いから上着を着て靴下を履き厚着しなさいと言われました。中国語ですので理解しがたく戸惑っていたところ、患者に付き添っていた若い女性と別の男性が私に何とか分かるように説明してくれました。入院した病棟は手術?入院専門で一般診療はしないので、車で10分程離れた最初に通院した病院へ検査に行くので暖かい格好をしないと風邪を引くので厚着をしなさいと言ったことが良く分かりました。これを見ていた引率の看護婦はこの二人に私のことをきちんと面倒見るように話し、この二人は当然のように頷きました。検査に行った病院で、この二人は中国語も少ししか話せない変な外国人である私に、親身になってあれこれ気遣ってくれ、私としてはこんなにまでして貰って良いのかと申し訳ない気持ちになりました。そして手術した後もいろいろと親切にして頂きました。これも中国で入院して良かったと思う思い出となりました。

A     日本語を話すお婆さんとの会話:毎日、テレビが無いので見るものも無く、パソコンも持参しませんでしたので、暇を持て余していました。そのため病院内の廊下を散歩しますと、病院内で日本人が手術を受け、さらに結果が最も良いと言うことが患者の間に知れわたっていたこともあり、中国人患者と付き添いの方が同病相哀れむように親しげに話しかけてきます。たまたま、そのときは86歳のお婆さんで付き添いは50歳くらいの娘さんと一緒で、私に対し、「あなたは白内障手術した患者の中で、結果が一番良いと聞いたが、どこまで見えるのか」と言われました。病院の窓から見える風景でかなり遠くの見えるものを言うと「それは本当に良かった」と言いながら、突然「こんにちわ」と日本語を話し、日本語を忘れてしまったと言いながら続けて「50音」を言い出しました。お婆さんは戦争が終わり、中華人民共和国が成立してから58年振りに日本語を話したと言われました。お婆さんは嘗て日本語を4年間勉強したと懐かしげに話され、日本人がいるので話したかったとも言われ、私もこれには感動しました。

B     中国の視力検査:これは、習慣の違いを表すことだと思うほど愉快なものでした。日本の場合、本人が椅子に座り、前方にある視力表を見て、検査員が指す場所の文字又は記号を本人が言う形で、見えるところが判定基準になっています。中国も仕組みは同じなのですが、視力表が本人の後ろ、前方に鏡があり、後方から検査員が指す場所の記号を本人が言う形になっていました。見えないと本人は検査員の指示に従って前方の鏡の方向へ進み見える位置まで移動します。ところが、立ったまま移動すると後方から検査員が指す場所が見えなくなります。そのときどうするのかと思ったら、検査員の指す場所が見えるように、何と背を屈めと言われ、無理なことを言うと驚きました。背が高いとそれだけ低く屈まなければならず、中腰で移動するので検査される側にとっては不合理だとも思いましたが、一方でこういう検査方法もあるのかと感心しました。日本ではとてもこのような発想は想像できないものでした。

C     付添い人の対応:最初の同室者が退院した後、直ぐに他の人が同室になりました。その方は87歳のお爺さんで、膝も悪く眼も白内障でかなり見えないようで、親族の方が付き添いされました。お爺さんは入院2日後に右眼だけ手術を受けました。付き添った方は、その方の次男と孫の方でしたが、この二人が交代で付き添うのですが、お爺さんに対する対応が全く違っていました。特にお爺さんは手術後相当痛がり、眠れないようで着けた眼帯を外したり、起き上がったり何かしようとするのですが、当日付き添った次男は父親であるお爺さんの言う言葉を全て否定し、一方的に「早く寝なさい」と言うばかりで、結局大喧嘩になり、同室者にとっては眠れず迷惑な話で、私は煩くて眠るに眠れず、ナースセンターへ行き、病室を替えて欲しいと申し入れしました。当直の看護婦は、申し訳なさそうに生憎、空きベッドがなく、一晩我慢して欲しいと言うので、その夜は諦めました。喧嘩が一段落すると次男は高いびきで眠りはじめ、眠れぬお爺さんは次男の布団をかけたりし、どちらが付き添いか分からない感じでした。翌日、医師が痛みのあるお爺さんに点滴を行い、多分、今夜は本人が眠るので迷惑はかけないと私に言うのでそうなのかと納得しました。その夜は孫の方が付き添いましたが、前日の次男とは対応が全く違い、兎に角「お爺さんの言うことに逆らわず何でも聞いてあげ」、椅子に座り看病していました。結果として大喧嘩もなく静かな夜でした。日本でも多分そうだと思うのですが「老人はえてして頑固で、我侭になりがちです」ので対応するときは、国は違っても同じなのだとも感じました。お爺さんは一日も早く家に帰りたがり、退院が決まったときは、それまで無表情に見えたのに満面笑みを浮かべ、退院当日握手して嬉しそうに帰宅されました。

D     病院幹部による監査(=領導検査-ling dao jian cha):最初は何のことか分からなかったのですが、毎週1回金曜日の午前中、この監査があるとのことでした。患者と付き添い人、見舞い客で賑わっていた病室も当日は静かになり、医師はもとより看護婦もかなり緊張しており、彼ら彼女達は早朝各病室を点検し、定められた病室の整理基準に適合しているかを確認し、基準にあっていない場合は患者へ整理を指示し、患者不在の場合は自ら整理し、付き添い人は全て病室から出るように指示します。私の場合、入院時に着用していた洋服をハンガーにかけ吊るしてあり、洗濯物も干していましたし、ベッド脇の物入れ机の上にも余分なものを置いていました。さらに起床後もベッドの掛け布団はたたまず、何時でも寝れるようにしていました。看護婦からまず、洋服、洗濯物の片付けと、掛け布団を決められ基準にたたむことを指示されました。洋服、洗濯物を物入れに入れようとしても入らないので困っていると、やおら看護婦は窓のカーテンの後ろへ、検査があっても見えないようにこれらを素早く片付けました。検査は準備が全て完了したころ3名の幹部が各病室を巡回し、患者の様子を観察するほか、病室内を一瞥する程度のものでした。巡回終了後病院職員に対し、幹部から講評のようなものがあるようです。傍でこの監査の様子を見ていると、何故これだけのことで医師、看護婦が緊張するのか不思議でした。巡回が終わると病室は普段に戻り、賑やかになります。日本で現役のとき、地方勤務時に本社からの監査があると監査前に整理整頓し、何か指摘されたらと緊張したものの、終われば普段に戻る現象は同じだとつくづく感じました。

E     格好より実利:日本の場合、「伊達の薄着」と言う言い方もありますが、個人の住宅、公共施設、交通機関、病院等ほとんど冷暖房完備となっていますので、それほど厚着する必要がありませんが、中国の場合、まだそこまでは達していません。入院した病院もスチームのある病室から廊下へ出るとかなり寒く冷えます。それでも私は普段どおり薄着でしたので寒く感じましたが、洗濯の煩わしさもあり我慢して薄着のままでした。看護婦、患者の中国人から何故、寒いのに厚着をしないのかと度々言われ、厚着したら格好悪いと言うと、彼ら彼女達は複数枚の厚手の下着をつけており、寒さは我慢できないと口々に言いました。因みに日本の場合、ほとんどの病院の看護婦は白衣でスカートスタイルですが、ここ大連の看護婦は全てズボンを着用し、寒さ対策を完備していました。日本の場合、「痩せ我慢」という言葉もあるように、我慢することに対して余り抵抗は無いように思いますが、実利の国、中国では格好より実利が第一であることを感じました。

F     快気祝い:日本の場合、退院後快癒すると、何らかの形で「快気祝い」をしますので、私は入院していた間、複数の方にお見舞いして頂きましたので、退院してからどのように快気祝いしたら良いか分からず、会社のベテラン社員へ中国の場合の快気祝いを尋ねました。返事は特にする必要な無いとのことでした。何故かと聞くと、お互い様であり、困っているときに見舞いすることは特別なことではなく、逆に見舞い客が病気になったとき見舞いされた人がお見舞いに行くので、特に快気祝いの概念はないとのことでした。何となく分かったようで日本人としては何時相手が病気になるか不確かであり、所謂「お返し」すべきではないかと割り切らない感じです。これも習慣の違いなのでしょうか?

 

8.患者に対するケアと退院後のケア

上述のとおり、4月2日に左眼を手術することになっていましたが、4月1日、日曜日、午前の眼の検査が終わったとき、医師から事務室へ来て欲しいと言われ、何事かと思いながら事務室へ行きました。事務室には一人の青年が既に椅子に座っていました。暫くして、検査を終わらせた医師が事務室へ戻り、その青年を介して「何か手術のこと、現在の状況等で質問があればするように」とのことでした。私は、何故、通訳の方を呼んだのかと尋ねたところ、医師は「外国人であるあなたに中国語で説明しても分からないと思うので、通訳としてこの青年に来て頂いた。」と言われました。青年は医師の知人の方で貿易会社に勤務しており、休日なのに医師からの連絡でわざわざ病院へ来てくださったのでした。この配慮には本当に感激しました。会社の通訳を呼べば特別病院で通訳を呼んで頂く必要がないにも拘らず、このようなことをしてくれました。医師との会話の中で医師から「あなたは何故、中国で白内障の手術をすることにしたのか」と尋ねられ、私は「知人、親友から万一を考えたら日本で手術すべきだと言われたが、時間的余裕の面で、日本で手術すると時間がかかることと大連の仕事のことを考え、ここで手術することにした」と応えました。医師は「あなたの判断は正しい。医療設備は最新のものが揃っており、白内障手術の場合、医師の熟練度が重要であり、人口が日本の13倍の中国は、日本で仮に一人手術するとしたら、中国は13人することになるので、熟練度は格段に上である。」と言われました。確かに数字の上ではそうなりますので、そうなのかと感じました。そのほか医師は「病院施設はまだ不十分であるかもしれないが、月曜日の左眼手術も安心して欲しい」と言われました。通訳をされた方は日本に3年半ほど留学されたとのことで日本語は非常に上手な好青年でした。外国人としてこのように配慮していただいたことに対し、自分のできることで少しでもこちらで役に立てたらとつくづく思いました。

4月5日、8時に退院となりました。退院する前に事務室へ呼ばれ、退院後の注意事項と渡される目薬の説明がありました。看護婦の説明は余りにも早く、私の理解力ではとても聞き取れませんでしたが、3種類の目薬を定時にさす指示が紙に書かれていたので、辛うじて理解できました。ただ、説明した以外の同席していた看護婦は私が多分理解できないだろうと思い、丁寧にゆっくりと再度説明してくれました。再度説明してくれた彼女達も説明した看護婦の早口を知っていたようで、私が聞き取ろうとしていたときも笑いながら見ていました。結局、3種類の目薬をはじめは一日に11回、順次減り10回、8回、7回、6回、5回となり約三ヶ月続けなければならないとのことでした。そのほか、顔に水が掛からないようにすること、洗髪に注意すること、アルコールは控えること、過度の刺激物は食べないことが指示されました。退院後1週間して病院へ行き、検査を受けましたが順調とのことで安心しております。退院し丁度一ヶ月が経ちましたが、目下のところ後遺症もなく順調なようです。

 

 

 

 

 

 

 
 
 

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