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(斎藤 彰)
覇気のない日本の生徒たちに物足リなさを覚えていた
現在、五八歳になる島田和江さんは、上海の中国系の語学学校で中国人の学生と社会人に、日本語を教えています。
島田さんの日本での前職はやはり教師で、千葉県の中学校で国語を教えていました。「日本では、生徒数がどんどん減少しています。しかも、生徒たちの多くは、各種の塾へ通っていて疲れているからなのか、授業を受ける態度に余り覇気がありません」。
おそらく、授業に消極的な生徒たちに物足りなさを覚えながら、島田さんは、“教えている”という確かな手応えを感じることを望み続けていたのでしょう。そんな願いを、島田さんは中国でかなえることになったのです。
自力で上海の語学学校に働き口を見つける
島田さんが中国へ来たのは二〇〇三年一〇月。きっかけとなったのは、上海出身の中国人の知人からかけられた、「上海へ来ないか」という誘いの言葉でした。
上海へ到着すると、島田さんは国語教師のキヤリアを生かせる語学学校に働き口を求めました。幸いにも、たまたま教師の空きがあった学校を見つけることに成功し、アルバイトとして勤務、現在に至っています。
夫とは離別し子供もいなかったことから、中国へ行くこと自体については何のしがらみもなかったと島田さんは言います。
「ただ、中国語は多少知っていたものの、簡単な日常会話ができる程度だったので、上海で一人で生きていくことへの不安はありました。しかし、最初の不安が嘘のように、周囲の中国人はみな親切に接してくれました」。
前向きな中国人の姿勢にやリがいを感じる
島田さんの勤務時間は、午後三時から夜七時まで、休日は週一日、年収は日本円にすると一二〇万円程度です。できれば日本円で二〇〇万円程度を確保したいと思ってはいるものの、島田さんは、仕事そのものには満足感をもっています。
「生徒はみな真剣に授業を聞いてくれ、授業中はもちろん終わった後も熱心に質問してきます。教えている生徒が日本語検定で合格したときや、日本語の力が認められ日系企業に採用されたときにはこの仕事にいりがいを感じます。
スキル向上を真剣に考え、前向きに努力する中国人の生徒たちに教えることに、島田さんは教師としての充実感を心の底から感じているように見受けられました。
中国人とのつきあいが広がることで生活に張リがでてくる
現在、島田さんは、知人から格安の賃料で借りた高級マンションを住まいにしています。
「このマンションに住んでいる日本人は私だけです。住人のなかには、毎朝六時半から太極拳を教えてくれる人もいて、そうした中国人との付き合いが広がることで生活に張りもでてきます」。
自らの経験をもとに、中国で働き生活するうえで必要な心構えについて島田さんはこう語ってくれました。
「言葉が話せなくても、自分なりに仕事に対する信念をもつこと。それから、自ら相手に飛び込み、相手を受け入れる心の広さが不可欠です」。
中国人と交際することに積極的で、現地での生活にすっかり溶け込んでいる島田さんの生き方は、まさに、この言葉を自ら実践しているものといえるでしょう。
(実習編集:張雪蓮)
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