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第十九回 上海の日本の友人、生活に影響なし、日中友好に尽くす
2005 -4 - 27   10:55

多くの日本人が上海で生活している。最近、北京、上海などで相次いで、一部の群衆と学生が自発的に反日デモをしたが、日本の友人、秦範雄氏と西啓介氏は23日、「解放日報」の記者のインタビューを受け、「依然として、上海が好きだ、上海を信じている。両国の友好は何物にも代え難いもので、日中友好に力を尽くしたい」と語った。また、二人は「日本が歴史を反省し、一日も早く両国人民の心にある「こだわり」を解き、中国人民もより理性的、妥当な方法で自分の見方と態度を示すべきだ」と述べた。

我々の生活は影響なし

西啓介氏は日中合弁会社である広電日生人寿保険有限公司の副総経理で、4月16日、東京で休暇を送って上海に戻ったばかりで、運悪く群衆と学生が自発的な反日デモに出合った。同氏によると、日本の家族、友達は心配しており、電話やメールで安全を聞いてきたが、安全だと答えた。

同氏は「当時、最も心配していたのは、社内で両国の社員が正常に付き合うことができるかといったことだった。翌々日の月曜日、会社内は整然としていて、ほっとした。会社周辺の日本料理屋も平日通りに営業しており、平日通り、美味しい日本料理を食べることができた。また、住んでいる団地でも、隣近所の中国人も友好的で、配送会社の中国人も正常にサービスしていたことに気づいた」と述べた。

秦範雄氏は上海市の栄誉市民で、上海市雄楽投資諮問有限公司、上海泉源複合制技術有限公司董事兼総経理だ。23日、同氏も上海での生活に影響を受けていないと語った。

友好は得がたく、大切にしなければならない

今年、66歳の秦範雄氏の中国との縁は中学時代にさかのぼる。そのとき、漢文の教師は中国の歴史知識を語り、この5000年以上の歴史を誇る国に強い憧れを持った。大学で、機械を専攻としていたが、当時ほとんど注目されていない中国文学に専攻を変えた。大学卒業後、北京大学への留学を希望したが、当時、両国は国交がなく、家族が強く反対したため、留学は叶わなかった。

しかし、中国行きの願いも強くなった。自分の夢を実現するため、中国と貿易がある会社に勤めた。この間、中日両国の多くの政治家のたゆまぬ努力を通して、両国は国交正常化を実現した。それで、大量の注文書とともに、中国に来たのである。

中国へ来る曲折した歴史の中で同氏は、両国の友好は何物にも代え難いと痛感した。「今の友誼は一日で作られたものでなく、我々は大事にしなければならない」と述べた。また、同氏によると、日本は中国を侵略した歴史を、反省しなければならない。日中両国人民の心の中にある「こだわり」と早く解かさないと、子々孫々の心の中で、大きくなってしまう。日中両国人民は、より理性的、妥当な方法で自分の考えを示すべきだ。例えば、署名を集め、署名と統計データを日本政府に渡すことで、自分の態度を示すことができる。

西啓介氏はデモの中の過激な行動が残念だと語った。同氏によると、多くの日本人は親中的で、過激な行動は海外マスコミによって、中国へ投資、就職、観光に行きたい日本人に恐怖感を与え、そして、日中両人民の間の友好に影響するようになる。

日中友好に力を尽くす

今年、秦範雄氏は上海で勤務、生活して18年目だ。18年来、二つの「一番」がある。一つは上海で投資する初の電子部品企業・神明電機有限公司日本側董事長、もう一つは永住権である001号中国「グリーンカード」を取得したことである。

18年来、神明電機有限公司は30数種の製品、200人の小さな企業から、約3000人、1000数種の製品がある中型企業に発展してきた。同氏も上海に深い感情を持つ。閔行区を代表し、日本における投資誘致会で、企業がうまく発展するプロセスをスピーチにした。多くの日本の団体などのリーダーに中国の労働力資源、投資政策、税務管理を紹介した。同氏を通じて、多くの有名な大手企業が上海に進出した。

昨年、同氏は神明電機有限公司を離れ、自分のコンサルティング会社を作った。中国の発展のために、より多くの日本企業の進出を図るためである。同氏は「動ける限り、日中友好に力を尽くす」と述べた。

(編集:曹 俊)

 
 
 

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