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作者 下郷 晃
12月2日、バスの中からリニアの試運転をはじめて見た。流線型の車体は音もなく滑るように疾走して一瞬のうちに姿を消してしまった。今年の春頃は橋脚の工事をしていたと思ったら、もう試運転だ。朱鎔基首相がベルリンを訪れて、高速リニア鉄道の事業化調査についてドイツ側と基本合意したのは2000年の6月末だ。2年半で試運転だから、これはもう驚異的なスピードといえる。今の中国は、遅れを挽回しようと急ピッチで走っている選手のように感ずる。
日本のリニアの計画が40年前!東海道新幹線開業の2年前の1962年に始まっているのを思い出した。宮崎県の日南市に実験線をつくり実験をはじめたのは25年も前のこと。何事にも時間をかけてやっていたのだが…。自民党の金丸信の圧力で地元山梨県に42キロの試験線を建設して時速500キロを超える実験に成功したのが5年前のこと。しかし日本はバブルから10年を過ぎて、リニアなどは無用の長物。これ以上自然を破壊してリニア新幹線など作らなくて本当によかったと思う。しかし疾走するリニアの姿は、不況で青息吐息の日本を尻目に7%の成長率で驀進する中国を象徴しているかのように感ずる。
さて、上海に来て理解に苦しんだのが「公共の空間」と「他人の視線」ということ。まずは洗濯物。洗濯物を建物から道路に突き出した物干し竿に干す光景は写真で知ってはいた。しかしこれは干す場所がなくてやむを得ずのことだろうと思い込んでいた。しかしどうもそれだけではなさそうだ。下着などは他人の目に触れないところに干すものと言うような考え方はなさそうに見える。大学の7階建ての女子寮でも外からみえるベランダ側は下着を含む洗濯物で満艦飾だ。また、大学の近くにある大規模スーパー「易初連花」にはパジャマやネグリジェで買い物をしている人がいる。それで気がついたのだが、これはどうも「他人の視線」をどの程度意識しているかの問題なのだろうと思うようになった。中国人に言わせれば「見るほうが悪い」ということになるのだろう。島国の日本人がいつも外国の目を気にかけ、外国人による「日本人論」が数多く出版されている現象と関係があるのかもしれない。
次がトイレ。今では少なくなっては来たが、中国には囲いのないトイレが未だある。そこで順番待ちをする人の目の前で屈んで用を足すのはかなり大変なことだった。「他人の視線」を意識する日本人ならではのことなのだろう。洗濯物・トイレの次は愛情表現。最近は学内で所かまわず抱擁しあるいは接吻する学生さんの姿が目に入る。先日も授業中の教室から校庭で愛情表現に夢中のカップルを目撃した。目が合っても一向に気にしているように見えない。これもきっと同じ理屈に違いない。最後に携帯電話。バスや地下鉄の中で大声で電話する中国人の姿をよく見かけるが、これなども同じ理論で説明できそうだ。悪く言えば傍若無人で、「公共の空間」を私物化するのも甚だしいと思うのだが。必要以上に他人を気にする必要もないが、「他者への気配り」はどこの国でも必要なものと思うのだ。
最近「新民晩報」の「夜光杯」でエスカレーターの乗り方について書かれたコラムを見た。「一部の発達国家」の習慣のように左側を通行する人のために空けてはどうか…とある。さらに「公共の場所」では他人の便宜を考えなければならないとあった。
日本でも私鉄の駅構内や車内のマナーに関するアンケート調査(2002年12月発表)で、迷惑行為の第一位は携帯電話と出ているが、車内放送の徹底も与って、電車内では携帯は遠慮するというマナーは急速に普及してきた。上海でも早く「公共の空間」についてのマナーが一般化してもらいたいものである。
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