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「台湾総統選挙結果と中台日米関係を展望する」=川村範行氏投稿
2008 -3 - 31 10:25

川村範行

(日中関係学会理事、東京新聞・中日新聞前論説委員) 

一、総論 

 2008年3月22日に投開票された台湾総統選挙は、最大野党国民党の馬英九・前主席が与党民進党の謝長廷・元行政院長に圧勝した。対中融和派の国民党が台湾独立志向の民進党に8年ぶりに政権を奪還したことにより、台湾独立志向にブレーキがかかったといえる。民進党の経済政策の不人気が直接の敗因だったことが挙げられるが、住民意識からみれば、統一でも独立でもなく、現状維持を認めつつ、中国との対話を進める道を選択したことになる。国民党自身が選挙戦を通じて「台湾主義」を強調せざるを得なくなり、「国民党の台湾主義化」と呼べる台湾の政治社会状況の構造的変化こそ重要な点である。元来「中国寄り」と見られる国民党だが、台湾主義化が進む中で、中国大陸と台湾の対話の進展も含めて中国との距離の取り方が深刻に問われている。基本的な流れとしては中国大陸と台湾、台湾と米国の各関係の緩和が進むとみられ、東アジアの安全保障にとって安定化が期待されよう。

二、総統選挙結果の分析 

 1、開票結果 馬氏が7,658,724票で得票率58.45%、謝氏は5,445,239票で41.55%。投票率は76.33%で前回の80.28%を下回った。国民党は外省人(中国大陸出身者とその子孫)、客家、先住民を支持基盤とするが、今回は本省人(戦前からの台湾出身者とその子孫)の比率が高い中部の台中県や南部の高雄市等を制したことが特筆される。国民党の過去総統選での得票率は96年には李登輝初代総統が54%を獲得したが、2000年には連戦氏が23.1%と急落し民進党に政権を明け渡し、04年には再び連戦氏が49.9%まで追い上げたが2位に甘んじ、今回8年ぶりに政権を奪還した。一方、民進党の総統選得票率は1996年に彭明敏氏が21.1%だったが、2000年には陳水扁氏が39.3%で総統に当選し、04年にも陳氏が50.1%で再選を果たしたが、今回は増加傾向にブレーキがかかった。 

2、勝因・敗因 

 (1)国民党は2期8年の民進党政権下における経済失策と対中政策の無策を批判し、対中関係の改善による景気浮揚を掲げたのが奏功した。具体的には経済成長率6%、失業率を4年以内に3%以内に、2016年までに1人当たりGDPを3万ドルにするーなどの内容だ。中国大陸と台湾との関係の改善では直行便の定期化、中国人観光客を就任4年目に1日1万人までに拡大、中国資本を原則開放し台湾市場と一体化する「共同市場」創設構想―を公約したことが、好感を得た。

 (2)国民党が「台湾主義」に転換したのが住民に受け入れられたといえる。「前進すれば台湾は必ず勝つ」と、民進党顔負けのキャッチフレーズだった。馬氏も「台湾の前途は台湾人が決める」と台湾自決主義を明言し、選挙演説で台湾語を多用するなど「中国寄り」とのイメージ払拭に努めた。

 (3)馬氏は中国大陸との統一に拒否感の強い世論に配慮し、「三つのノー」(統一せず、独立せず、武力を用いず)を打ち出し、中華民国は主権独立国家との認識を鮮明にした。 

 (4)中国大陸も馬氏への支援体制をとり、援護射撃をした。全人代期間中に、当局者などが台湾のハイテク企業への優遇措置などを表明したことは明らかな支援だ。中国当局者や学者・研究者も総統選挙への介入と見られるような発言を手控え、慎重策をとったことは賢明だった。 

 (5)民進党は、陳水扁総統が2期8年の間に「国号」や台湾名での国連加盟住民投票など次々と独立志向を強めて対中強硬策に偏り、経済政策など民政安定をおろそかにしたため、民心が離れたとみることができる。総統選では対中融和派の謝氏グループと対中強硬派の陳水扁総統グループの党内主導権争いがマイナスに響いた。07年5月の予備選で謝派と他派閥との対立のしこりが残り、党内協力が安全ではなかったことが挙げられる。

 三、中国大陸・台湾関係への影響 

 1、核心は台湾主義 1980年代以降、台湾の民主化の進展に伴い、自らは中国人と異なるとする「台湾人意識」を持つ有権者が増加傾向にある。とりわけ本省人(戦前からの台湾出身者)と、その子孫には中国への警戒心が強い。外省人(中国大陸出身者)である馬氏は、かつては「両岸の統一が国民党の最終目標」と語りながら、今回の選挙戦では「私は台湾人」と主張し、大きな変身を遂げている。馬氏は台湾住民の意識から離れて、安易に対中接近や対中融和を図ることはできない状況にある。馬氏は将来、中国大陸が台湾に向けて配備しているミサイルの撤去を前提とした和平協定の締結を目指しているが、楽観はできない。経済協力協定を中心とした中国との交流は進むと予想されるが、台湾の主体性を崩さず、対大陸交流をどう進めるか。中国大陸との距離の取り方が難しい。 

 2、人権主義の影響 馬氏はチベットの騒動に対して「チベット住民へ弾圧が続き情勢が悪化した場合、北京五輪ボイコットも辞さない」との強硬姿勢を表明した。総統選終盤の微妙な時期でもあったため、馬氏は敢えてこう表明せざるを得なかった事情はあるが、当選後もその姿勢を崩していない。馬氏は天安門事件で人権問題を糾弾したこともある。もともと米国留学により欧米流の人権主義意識を涵養されたともみられている。中国国内の民族問題などが今後も顕著化すれば、馬氏は人権主義の立場から中国に妥協することは難しいと予測されるので、この点からも中国との距離感は容易には縮まらない可能性がある。

 3、中国大陸の出方 

 中国は馬氏の勝利を歓迎している。対台湾窓口機関の海峡両岸関係協会が台湾の海峡交流基金会との交流復活に踏み切るかどうかが焦点となる。馬氏は「各自(中華人民共和国と中華民国)が解釈する1992年の合意」を出発点にすべきだとの立場だ。ただし、馬氏は「任期中の二期8年間には統一問題は話し合わない」と明言し、現状維持の立場を明確にしている。国民党の連戦主席(現名誉主席)が05年に北京を訪問し、胡錦濤総書記との間で経済交流の拡大などで合意しているが、馬総統の北京訪問を探る動きが出てくるだろう。その場合、馬氏は中国の招待をどのような条件で受けるかどうか、微妙な局面に立たされることが予想される。

 4、日台関係 

 (1)日本政府は台湾海峡の平和と安定が日本の安全保障及び東アジアの安全保障にとり重要だと考えている。このため日本は中国大陸と台湾の対話促進を希望している。高村外相が「台湾問題が当事者の直接対話により平和的に解決され、対話が早期に再開されることを期待する」との談話を発表したのは、その表れである。

 (2)日本からみれば台湾との関係は基本的に現状維持を続けるだろう。もともと馬氏は尖閣諸島周辺の主権問題にこだわり、小泉首相の靖国参拝問題を痛烈に批判した。馬氏は日本嫌いと見られていたが、07年11月に来日した際、文化・経済を中心とした対日関係の強化を表明し、「知日派」への変身を強調してみせた。馬氏は当選後、「日本との関係を重視する」と述べ、文化や教育、科学技術など多くの分野で協力関係促進を希望したが、今後、馬氏の従来の主張との整合性を日本側は注視している。

 5、台米関係  

 馬氏は当選直後、早期の訪米希望を表明した。陳水扁政権のもとで悪化した対米関係の修復が図られるだろう。馬氏は「活路外交」と名付けた外交政策を打ち出し、自由貿易協定などにより台湾の外交空間の拡大を目指している。そのためにも、後ろ盾となる対米関係の修復・安定化は最優先課題である。馬氏は陳水扁を意識して「私はトラブルメーカーではなくピースメーカーになる」と述べている。台米関係の安定化は即ち、東アジアの安全保障にも有利な条件となろう。ただ、外交空間の拡大は中国にとって受け入れがたいことであり、外交を巡って中国大陸と台湾の新たな鍔迫り合いが予想される。

【川村範行略歴】

 1974年、早稲田大学政治経済学部卒業後、中日新聞社入社。編集局社会部、外報部各デスク、上海支局長(1995年―98年)などを経て、2003年から東京本社(東京新聞)論説室論説委員。07年6月から名古屋本社出版部長。日本中国関係学会理事、同済大学亜太研究中心顧問、鄭州大学亜太研究中心客員研究員、北京城市学院客座教授。著書に「日中関係の未来を築く」「アジア太平洋地区と日中関係」(ともに上海社会科学院出版社刊、共著)。

 
 
 

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