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緊急報告「福田政権誕生と日本政局、及び日中関係」
2007 -9 - 20 11:10

川村範行(日中関係学会評議員、東京新聞・中日新聞前論説委員)

一、総論

 安倍晋三首相の突然の辞任によって日本の政治は大きく傷ついた。一国の指導者の任を自ら途中放棄した人物を首相に選んだ自民党及び与党公明党の責任は重い。自民党は国民に対する根本的な反省も示さず、直ちに派閥政治の復活による談合で福田康夫総裁を選び福田政権を誕生させようとしている。福田氏の平和協調主義、弱者配慮主義は、民主党の政策との距離を縮めることになり、与野党の対立が弱まる可能性がある。安倍氏や麻生太郎氏と比べたら「よりまし政権」ともいえるが、安倍氏に続いてまたしても総選挙による国民の洗礼を受けない政権の誕生は、日本の議院内閣制の形骸化と劣化を促進しかねない。次の総選挙までの選挙管理内閣であるが、衆議院の自民・公明政権と、参議院の野党政権という戦後日本議会政治初の二重権力構造の中で試行錯誤が続くことは間違いない。小泉、安倍両内閣の下で格差を拡大させた構造改革路線、米国追随を強めた外交政策を継承するのか、修正するのかが焦点となる。

二、安倍首相の過誤

 (1)安倍首相は出処進退の時を誤った。安倍氏は小泉純一郎前首相からの禅譲により首相の座を射止めたが、その後も総選挙を一度も経ていない。日本の議院内閣制では政権選択は衆院選にあるが、2007年7月の参院選で安倍首相自ら「私を選ぶか小沢さんを選ぶか」と大見得を切ったことから参院選は政権選択と位置づけられ。参院選で自民党が歴史的な大敗を喫した時点で、安倍首相は直ちに辞任すべきであった。

 (2)安倍首相は参院選直後に続投を宣言したが、その理由は国民の目から見て到底納得できるものではなかった。即ち、国民は安倍首相の政策に「NO」を突きつけたのにも拘わらず、安倍首相は「政策の基本は理解されている。政策の実現のために邁進する」と得手勝手な理屈を振り回したにすぎない。安倍首相が「美しい国づくり」「戦後レジームからの脱却」の新国家主義的スローガンの下で半ば強引に推し進めた政策は、国民が求めた格差拡大の是正や医療・福祉圧迫の是正など生活面の要望とは大きく乖離していた。民意を尊重せず無視した罪とツケは大きい。 

(3)安倍首相は通常国会の開催に当たって所信表明演説を行ったにも拘わらず、代表質問を受ける当日直前に辞意を表明したのは前代未聞だ。不登校ならぬ不登壇、職務放棄ならぬ首相放棄であり、日本の議会政治に与えた罪は大きい。国際社会から見ても日本の首相、日本そのものへの信頼を失墜させたといえる。

三、与党の責任

 (1)自民党は06年9月に小泉首相の辞任に伴い国民的人気を理由に安倍氏を総理・総裁に選び、さらに大敗を喫した参院選直後には安倍氏の続投を支持したが、安倍氏が首相の責任を放棄したことによって安倍首相擁立・続投支持が間違っていたことが明確になった。憲政の常道からすれば、自民党はここは潔く政権を野党に渡して下野すべきである。公明党にも安倍氏を支持した責任上、連立を解消するか、下野すべきである。しかし、自民、公明両党は安倍首相辞任に対する反省を明確にせず、中でも自民党は直ちに福田擁立に走ったのは国民に対する冒涜ともいえる。

(2)自民党が福田擁立でまとまったのは「反麻生」の権力闘争の色彩が濃く、政策を後回しにしたことは国民の目から見て納得できるものではない。安倍氏からの禅譲を目論んだ麻生氏への反感の根強さを反映したともいえる。しかし、福田氏は総裁選立候補前に山崎拓前副総裁、古賀誠元幹事長、谷垣禎一元財務相の三派閥の会長と会談し、格差是正、アジア外交重視などの政策に基本了承したものの、「細かい政策等は後で各派の代表者の皆さんがお詰め頂くことで結構だ」(9月15日付読売新聞朝刊)と述べたという。小泉・安倍路線からの脱却か、それとも構造改革政策の継承か、政策軸を明確にしないままの福田擁立は政府・与党の政策遂行面でいずれ矛盾と亀裂を生じる恐れがある。

(3)安倍政権下に「美しい国づくり」「戦後レジームからの脱却」の具体化として国会で多数にものを言わせて成立させた教育基本法改定、憲法改正に向けた国民投票法成立は国家の針路の根幹を左右する重要法である。そもそも総選挙による国民の信任を経たものではない。安倍首相が政権放棄したからには、あらためて国民に信を問うべきではないかという疑問が生じる。

(4)公明党は安倍辞任、福田擁立の過程で蚊帳の外に置かれた。公明党の主体性はどこにあるのか。小泉、安倍内閣での憲法改正、自衛隊イラク派兵、格差是認政策は護憲、平和、民生を重んじる公明党の政策とは大きく矛盾するものだった。青年部、婦人部の下部組織からは自民党追随に対して批判と不満が蓄積しており、連立解消が取るべき道であった。

四、国会の動向

(1)イラク特措法が当面の最大の焦点となる。福田氏はインド洋での給油活動は国際社会へ責務として新法も視野におきながら、野党との話し合いを尊重するとしている。しかし、民主党の小沢一郎代表はあくまでも反対を貫いており、妥協の余地は見えない。国会では給油活動の情報公開を野党が追及してくるだろう。米国にとっては対イラク戦略に影響するため、日本政府に何らかの圧力を加えてくる可能性がある。

(2)総選挙はいつになるか。自民党は福田政権下で立て直しを図り、予算などを通過させて来春以降の総選挙を目論んでいる。野党は参院選勝利の流れに乗って早期の解散・総選挙に持ち込みたいところだ。イラク特措法を巡る動向次第で福田政権が窮地に立つか、国会を乗り切るか分かれよう。さらに、安倍政権と同様に政府・与党で新たなスキャンダルが発覚すれば福田政権も短命で終わる可能性がある。

五、日中関係への影響

(1)福田氏はこれまでも中国、韓国との友好、協調を重視しており、日中関係は安倍政権が築いた戦略的互恵関係の実現に向けて良好な発展に向かうであろう。福田氏は靖国神社参拝をしないだろうと明言しており、日中間の政治的障害が安倍首相の曖昧戦術よりも更に明確に解消される。安倍首相の再訪中は11月の予定だったが、福田氏の訪中は国会の運営次第となろう。胡錦涛政権は日本の国会の行方を慎重に見守り、福田新首相訪中、胡錦涛主席訪日の首脳交流を着実に進めていくべきであろう。

(2)当面の東海油田の問題は、自民党内の対中強行派が存在しており、福田氏によって一挙に解決されるとは思われない。事務レベル協議が続くであろう。中国側は日本国内の事情を見据えながら慎重に取り組むべきである。

(3)台湾問題への対処は微妙である。福田氏の所属する町村派はもともと福田派(福田氏の父親)―森派として台湾擁護派であり、台湾独立に明確にNO-と表明できるか不透明だ。

(4)福田氏は政権構想の中で「東アジア共同体の実現」を明記している。かつて福田氏の父、福田赳夫元首相は東南アジア歴訪の時に「心と心で結ぶ関係」という対東南アジア政策(福田ドクトリン)を発表し、好感を持って受け入れられた。福田氏にはこうしたことが念頭にあり、東アジアでの日本の評価を高めたいと考えたと推察される。小泉前首相は一時的に「東アジア共同体の促進」を是認したかのような言動があったが、その後は東アジア共同体を主導しようした中国への対抗心を露わにした。さらに安倍氏は中国への対抗から「価値観外交」を掲げて、東アジアサミットにはオーストラリア、ニュージーランド、インドをオブザーバー参加させるよう動いた。福田氏が東アジア共同体の実現に本腰を入れるなら、中国、韓国やASEAN10カ国との協調態勢を強化することになり、ASEANからも歓迎されよう。

【川村範行略歴】

 1974年、早稲田大学政治経済学部卒業後、中日新聞社入社。編集局社会部、外報部各デスク、上海支局長(1995年―98年)などを経て、2003年から東京本社(東京新聞)論説室論説委員。07年6月から名古屋本社出版部長。日本中国関係学会評議員。同済大学亜太研究中心顧問、鄭州大学亜太研究中心客員研究員、北京城市学院客座教授。

 
 
 

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