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緊急報告「日本参議院選挙結果の分析と日本政治の行方」
2007 -8 - 6 15:00

川村範行(日中関係学会評議員、東京新聞・中日新聞前論説委員)

一、 2007年7月29日に行われた日本参議院選挙の結果は、与党自民党の歴史的な大敗となった。これにより野党民主党が参院の第一党となり、議長席を獲得することになった。自民党以外で参院第一党となるのは1955年の自民党結党以来、初めてのことで、戦後の日本議会政治史上画期的な出来事である。安倍政権は多数与党の衆院で法案を通しても過半割れした参院では法案を通過させることができない局面が予想され、「死に体政権」となり安倍後継に向けて政局が不安定化に陥るのは必至である。今回の参院選では年金問題と閣僚問題発言が表面上の争点となったが、根底には小泉・安倍政権による新自由主義構造改革でもたらされた深刻な格差問題への批判、同時に「戦後レジームからの脱却」に固執し国民生活を軽視する安倍政治に対する不信が、投票行動となって表れたと見ることができる。伝統的な自民党の選挙基盤が構造的に変化している点は深刻だ。今回の参院選は議会制民主主義の常道に照らせば、安倍首相は責任を取って辞任するか、衆議院を解散して国民の信を問うべきである。安倍首相自身が開票当日に続投を表明し、党内もこぞって安倍首相の続投を支持したが、小手先の内閣改造で切り抜けようとすれば内閣の支持率は低下し近い将来の総選挙で国民のしっぺ返しに会うだろう。

 二、敗因・勝因 

 自民党が大敗した原因は、限定原因と根本原因に分けて分析できる。 

1、限定原因;安倍政権は年金問題に対する国民の不安と不信を解消することができなかった。年金問題が発覚した後、安倍政権は1年間で全調査を終えると宣言したが、不十分な点が明らかになり、国民の憤りが逆に募った。また赤城農水相の政治と金にまつわる問題や、久間防衛相の原爆投下肯定発言など閣僚の問題発言について、閣僚本人の反省不足と説明不足が新聞、テレビ報道で国民の目に明らかになった。安倍首相が閣僚を罷免せず任命権者責任を果たさなかったため、安倍内閣への不信感が強まったことは間違いない。 

2、根本原因;安倍首相が就任以来一貫して「美しい国づくり」を掲げ、「戦後レジームからの脱却」を主張してきたが、国民は安倍政治と国民生活との乖離に気づき、今回の参院選で安倍政治に対し「ノー」の意思表示を示したのである。安倍首相は憲法改正を最優先課題とし、特に9条改定により集団的自衛権を認定し米軍と一体化した自衛隊の海外での武力行使を可能にしようと目論んでいる。これは戦後の日本政府が一貫して堅持してきた平和憲法・平和国家路線を根底から覆す企てである。その準備段階として国民投票法を強引に成立させたほか、戦後の平和教育を担ってきた教育基本法を全面的に改定するとともに教育関連三法も強引に成立させた。日本の社会の実態を直視すれば都市と地方、正規社員と非正規社員などの格差が拡大している。日本社会を支えていた地方は疲弊し、「一億総中流」といわれた日本国民の間に「上流」「中流」とともに「下流」の明白な低所得層が生まれ生活苦にあえぐ人たちが増加している。特に安倍政権下で庶民の税金が増え医療費の自己負担が増大したことが庶民の生活苦の実感となり、今回の参院選挙で反自民の投票行動を加速させた。

 3、投票分析;特筆されるのは自民支持層の25%が民主党に投票し、自民の得票を足下から減らしたことである。また無党派層の50%が民主党に流れたことが民主党にとって大きな追い風となった。全国的な獲得票数は選挙区で民主党2400万票(40、5%)、自民党1860万票(31、4%)、公明党353万票(6、0%)、比例区で民主党2325万票(39、5%)、自民党1654万票(28、1%)、公明党776万票(13、2%)と、いずれも民主党が自民党を大きく上回ったことが数字で裏付けられる。特に自民党の伝統的な地盤だった四国、九州、中国など地方で自民党が惨敗し、構造的な自民離れの現象は深刻である。民主党の勝因は、小沢一郎代表が各一人区で自民党の候補者の弱点を詳細に分析し勝てる対立候補を擁立し、疲弊した地方を重点的に回って生活重視、地方再生を訴えたことが功を奏した。

3、今後の日本政局

1、国会運営の不安定化;野党民主党が参院の議長席を獲得し、参院運営の主導権を握ったことにより、これまでのような与党の強引な法案採決は困難となる。従って、与党は法案通過に民主など野党の協力を求めなければならなくなり、国会のおける与党の力の低下と安倍首相の求心力の低下は否めない。安倍首相の続投を決めたが、国民からは不信感をもたれて支持率は低下するだろう。安倍首相はそれでも自身の「美しい国づくり」を強引に推進しようとするが、自民党内においては安倍首相に代わる総裁候補を巡り政局の流動化が始まると予想される。後継候補には麻生太郎、谷垣禎一、福田康夫の名前が挙がっているが、いずれも支持基盤が弱くて強力な候補とはいえない。民主党は政権交代に向けて貴重な一里塚を築いたことになるが、参院の運営について偏った措置を取れば逆に国民の期待を裏切ることになるので野党協力を強化するとともに細心の注意が必要となろう。

2、国際社会での評価の低下;安倍政権が「戦後レジームからの脱却」に固執すればするほど、先の大戦の肯定化とともに、戦後の国際社会の枠組みを決めたサンフランシスコ体制の否定化につながり、欧米諸国のみならずアジアの非侵略国からも不信の眼でみられることになる。参院選開票翌日に従軍慰安婦をめぐり米国下院で謝罪決議を突きつけられたことが象徴的である。

3、日中関係への影響;昨年10月に安倍晋三首相が北京を訪問し、胡錦濤主席との首脳会談などが実現したことは、日中関係の歴史に刻まれる。小泉純一郎前首相の靖国参拝問題などで冷え込んでいた日中関係の「局面転換」を果たしたことは間違いない。双方で日中関係の新たな枠組み「戦略的互恵関係」に合意したことは、国交正常化以降、日中関係を表すキーワードとして使われていた「日中友好」から新しい時代へと移ったことを外交的に裏付ける。これを受けて温家宝総理が今年4月に日本を訪問し、安部首相との首脳などを通じて戦略的互恵関係の中身を固めたことは重要だ。日中関係の新たな枠組みの構築は、それぞれの国内問題への対応とも関連し、日中双方の協力と協調にかかっている。今後は両国で顕在化している排他的ナショナリズムの克服と、それと密接不可分の戦後和解への努力が課題となろう。しかし、参院選で大敗した安倍首相が国民の支持を取り付けるために靖国神社参拝し国民の排他的ナショナリズムを煽る可能性を指摘できる。そうなれば、戦略的互恵関係も水泡と化す可能性がある。中国側も安倍首相の言動と与党の動向を注視し、対日政策を練リ直す必要がある。

【川村範行略歴】

 1974年、早稲田大学政治経済学部卒業後、中日新聞社入社。編集局社会部、外報部各デスク、上海支局長(1995年―98年)などを経て、2003年から東京本社(東京新聞)論説室論説委員。2007年6月から名古屋本社出版部長。日本中国関係学会評議員。同済大学亜太研究中心顧問、鄭州大学客員研究員、北京城市学院客座教授。  

 
 
 

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