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「安倍内閣の支持率低下と日中関係への影響」
2006 -12 - 29 15:58

      川村範行(日中関係学会評議員、東京新聞論説委員)

1、支持率低下

(1)支持率続落

 安倍内閣は発足後3カ月でほぼ1カ月ごとに支持率を下げている。新聞各紙の最新の世論調査結果は軒並み支持率低下を示した。毎日新聞を例に取ると、9月の安倍内閣発足直後には67%だったが、タウンミーティングやらせ質問発覚後の11月25、26日には53%、さらに郵政造反組復党問題などの12月9、10日には46%まで下がり初めて5割を切った。注目すべきは、「支持しない」が16%→22%→30%と増え続けていることである。支持しない理由として、「指導力に期待できない」が33%で前回より5ポイント増加したことは、安倍首相の求心力の低下を裏付ける。安倍内閣は深刻に受け止めているという。

(2)支持率低下の原因

 安倍内閣支持率低下の原因は内政問題が重なったことによる。発足直後の10月8日に電撃的に北京、ソウルを訪問し、日中、日韓両首脳会談を実現して小泉純一郎前首相時代に対立した日中、日韓関係の改善を図った。上々の滑り出しを見せたが、この近隣外交での得点も帳消しとなった。

具体的な原因は以下の4項目に集約できる。

 @まず、安倍内閣は郵政造反組の自民党復党問題でつまづいた。郵政民営化を争点に掲げた昨年の総選挙で自民党内の反対候補を除名し刺客を送り込むという非情な手段を使ったのに、来年の参院選への数合わせのため復党を図ったことへの国民の反発は強い。安倍首相―中川幹事長ラインで参院選の公認見直しを表明したが、森喜朗元首相がこれを牽制し、参院自民党内には見直し否定論が起きている。

A次に、道路特定財源の一般財源化問題で、玉虫色決着が図られたことがある。従来の道路族の発言力が増し、国民の目には改革の後退と映った。

 Bさらに、タウンミーティングやらせ質問問題で、安倍首相は給与三カ月返納で「けじめ」を付けようとした。だが、この問題は教育基本法改正や司法制度改革など重要な政策について、世論偽装と世論操作をして政策推進のアリバイづくりをしたことが真相である。国民は、カネによる決着はけじめをつけたことにならないと違和感を覚えたことによる。

 C最近は本間正明政府税調会長の公務員官舎愛人同居問題がある。国の税制を左右する司令塔である政府税調の会長が、公私混同の官舎住まいでは、政府税調の信頼が揺らぐ。与野党と閣僚から一斉に批判が噴き出した。結局、本間氏は「一身上の都合」を理由に会長を辞任したが、任命権者である安倍首相が責任を回避する発言を繰り返したため、今後に責任問題が尾を引く可能性がある。

 2、外交世論調査外務省が12月9日に公表した外交世論調査によると、日中関係について「良好だと思わない」が70、7%で、05年の71、2%より0、5ポイント減ったにすぎない。「良好だと思う」は21、7%で前年の19、7%より2ポイント増に留まった。安倍内閣発足後の日中首脳会談実現が国民の見方に与えた影響は乏しかったのだろうか。小泉内閣の5年半に靖国参拝問題などで日中関係がこじれて対立し、国民感情にまで悪影響を及ぼしたが、それが根強く残っていると推測される。こうした国民感情の改善は容易ではないだろう。

 3、日中関係への影響

(1)支持率回復への思惑 安倍内閣は支持率低下を深刻に受け止めている。本来描いていたのは、来年の参院選の勝利を目標とし、その先に長期政権下での憲法改正に本格的に取り組むことである。支持率回復は至上命題であるが、内政面においては得点を挙げられるテーマが当面見当たらない。安倍内閣は教育改革を最重要課題とし、教育再生会議が来年1月に出す中間報告の素案を示したが、内容は中教審答申や文科省行政の域を出ず新鮮さに乏しい。安倍内閣は中間報告を内閣の支持率アップにつなげようと、「国民の心に響くような内容にする」(山谷えり子首相補佐官)として文章を練り直す作業に入った。しかし、これはとても支持率アップにはつながらないだろう。それでは、内政面以外にウルトラCはあるのだろうか。小泉前首相流に倣えば、ナショナリズムを刺激することしかないようだ。ます対北朝鮮カードとして拉致問題は進展が望めず、効果が薄い。残るは対中国カードだが、安倍首相は胡錦濤主席との首脳会談で「戦略的互恵関係」の枠組みに合意しており、小泉前首相のように靖国神社参拝には簡単に踏み切れないだろう。現実には東シナ海ガス田問題がある。首脳会談以降、東シナ海ガス田は共同開発と話し合い解決で基本的に一致しているが、中国が着々と開発を進めていることに対して自民党外交部などで反発がくすぶっている。場合によっては日本側が強攻策に出て中国側の反応を誘い出し、日本国内の中国への反発感情を誘発させて内閣支持率上昇につなげようという誘惑に駆られないという保障はない。

(2)北朝鮮問題 六者協議では日米韓と中ロとの差があらためて浮き彫りになった。

  日米韓ぱ寧辺の黒鉛減速炉の稼働停止潛AEAの査察受け入れ瘧j開発計画申告の3点を基本的に要求したが、中国は黒煙減速炉停止だけでも具体的進展とする意向だった。 

  中国は「朝鮮半島の非核化と米朝・日朝の関係正常化を実現し、調和の取れた北東アジアの新局面を構築するための新たな貢献を希望する」(武大偉次官)という考えだった。日本は安倍首相の意向を受けて「拉致問題の解決無しに日中国交正常化はない」(佐々江アジア大洋州局長)との立場を崩さなかったので、日朝関係にも微妙な影を落とした。

(3)日米関係との関連

 日米関係が日中関係に及ぼす影響にも注意しなければならない。まず安倍内閣になって初めてのブッシュ政権との「2プラス2」対話が2007年1月に予定され、日米同盟の強化堅持が再確認されよう。その場合、日米両国が対中関係についてどのように言及するかが重要だ。中国の軍事的拡張と不透明性への牽制が強く打ち出されれば、中国としても黙っておれないだろう。次に、大統領選に向けて07年には米国内の動きが本格化し、中国の規制緩和を求める自動車業界の対中圧力が高まると予想される。日米関係を基軸とする対中関係を巡る外交雰囲気の変化が、日中関係にも作用することは避けられないだろう。

(4)歴史問題 

 ブッシュ元大統領は12月14日、北京で開催された中国科学院主催の講演会で「(小泉首相靖国参拝が)歴史を否定している」「(歴史の)傷口を開くことをせず、癒すように務めるべきだ」と発言し、日本の歴史認識にくぎを刺した。中国では、南京大虐殺70周年の07年を機に、毎年12月13日に国を挙げて南京大虐殺慰霊祭を営もうという動きが地元で出ていると中国各紙で報道された。歴史問題は安倍・胡錦濤首脳会談では曖昧処理されたが、中国国内では依然くすぶっており、日本側の出方如何では再燃する恐れがないとは言えない。 

(5)台湾問題 

 歴史問題と並んで安倍?胡錦濤首脳会談の新聞コミュニケに盛られなかった台湾問題はアキレスけんのひとつだ。小さな動きだが、台北で挙行された天皇誕生日祝賀会(12月20日、)三回目)に李登輝前総統が初出席した。安倍内閣は基本的に台湾への親近感があり、今後「一つの中国」の原則に触れるような動きをすれば中国側の反発を招く懸念がある。

4、日中関係の現状と行方

(1)首脳交流促進 唐家セン国務委員が12月18日、北京で加藤紘一氏と会談し、「主要指導者が来春訪日することが内定した」と表明した。温家宝首相の訪日が有力視されるが、その先には胡錦濤主席の訪日も視野に入れているとの情報もある。唐氏は同時に安倍首相の再度の訪中を要請し、靖国参拝を牽制した形だ。唐氏は「盧溝橋事件、南京事件から70年。両国間の敏感な問題を適切に処理する必要がある」とも発言し、歴史問題を棚上げしたわけではないことを示唆した。王毅大使が12月中旬から1カ月余の予定で帰国しており、胡錦濤主席をトップとする党上層部へ日中関係や日本の政局について情勢報告をし、首脳往来の日程等調整にあたるとみられる。

(2)日中歴史共同研究スタート 

 12月26、27両日北京で初会合が開催。座長は 北岡伸一東大教授と歩平・中国社会科学院近代史研究所所長の二人。古代・中近世史及び近現代史の二つの分科会で作業を進め、日中平和友好条約締結30周年の08年に研究成果をまとめる予定である。歴史認識については日中双方で隔たりもあるが、政治から切り離して共同研究のテーブルに着くことは一歩前進と評価できよう。これは昨年中間報告を出した日韓歴史共同研究が参考になる。特に近現代史で対立する見解については両論併記となった。日中間でも異なる見解についてはまず、お互いの根拠となる史料、史実を確認するところから、「歴史事実」の共有と理解を進めていくことが必要だろう。日中関係の根底に横たわる歴史問題を放置したままでは、真の戦後和解を果たすことはできないことを肝に銘じて作業を進めてもらいたい。

(3)エネルギー閣僚対話創設 

 閣僚レベルの対話のほかに、民間企業レベルでも日中省エネルギー・環境ビジネス推進協議会が12月21日に発足した。経済成長を続ける中国に対し日本の先進的な省エネ技術を供与、協力することは双方にプラスとなろう。

(4)改善基調の枠組み固めを

  安倍・胡錦濤首脳会談の実現により「戦略的互恵関係」の枠組みが打ち立てられたが、政府間での改善基調を固めていくことが肝要だ。それには官民双方における交流の拡大強化を図る必要がある。日中国交正常化35周年の07年は首脳往来が最大の柱だが、それ以外に単なるイベントに終わらせてはいけない。

 独仏両国が戦後和解のために1963年に締結したエリゼ条約を参考にしたい。条約では@毎年2回の政府首脳交流A主要閣僚の毎年数カ月ごとの定期協議B外交重要事項の事前協議C毎年15万人規模の青少年交流などをうたった。日中間でも今後、主要閣僚の定期協議を増やすことや、06年から始まった年間2千人規模の高校生交流の規模を万単位にまで拡大充実すること、宗教者の交流を定期化することを提言したい。戦後フランスが大きな心を持ってドイツを許した。ドイツもこれに応えて政府首脳自ら被害国に許しを請い、和解と理解を得るためのさまざまな施策や取り組みを続けた。日中両国も、仏独のこうした姿勢と取り組みに学ぶべき点が多い。

 
 
 

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