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日中関係討論会「排外的ナショナリズムの克服をー日中関係の局面転換期」
2006 -12 - 7 10:30

川村範行(日中関係学会評議員、東京新聞論説委員)

 一、序論 

 長い梅雨空に一筋の晴れ間が差し込んできたようだ。安倍晋三首相と胡錦濤国家主席の首脳会談が10月8日に北京で実現し、冷え込んでいた日中関係の改善が図られた。日本の政権交代機を捉えて、日中関係の局面転換が果たされた意義は大きい。しかし、小泉純一郎前首相の靖国神社参拝に代表される歴史問題などを原因に、日中間の政治的な対立が長引いたため、国民感情の悪化を引き起こしたことは留意すべき深刻な問題だ。日中両国内(韓国も)で顕在化した排外的ナショナリズムの伸張は政権にも影響を与える可能性があり、今後懸念される。安倍政権は小泉政権以上に国家主義的であり、日本国内のナショナリズムの拡張を昂進する危険性がある。ナショナリズムへの対応を誤れば、日中関係(日韓関係も)は今後また停滞に戻る可能性すらある。両国政府が排他的ナショナリズムを煽らないよう自制的な対応を求めるとともに、真の戦後和解への取り組みを本格化するよう提唱したい。

二、日中首脳会談の評価

1、日中両国は「戦略的互恵関係」を構築することで合意した。1998年に東京で小渕首相と江沢民主席との首脳会談で合意した友好的パートナーシップ関係と比較して、日中関係は新しい段階に入ったといえる。二国間関係だけでなく、東アジアにおける協力?協調関係の促進にも寄与すると予測される。

2、首脳会談の翌日に北朝鮮の核実験があり、安倍首相は北京空港を飛び立った20分後に中国外交部から日本大使館を通じての情報を知らされた。その後、日中韓三カ国は以前より連携を密接にしながら対応している。まさに日中関係の転換がもたらした成果といえよう。

3、安倍首相は中国の発展が国際社会に大きな好機をもたらしていることを評価し、胡錦濤主席も戦後日本の平和国家としての歩みを積極的に評価したことは大きい。即ち、日本や米国などから指摘される「中国脅威論」を打ち消すと同時に、中国で指摘される「日本軍国主義復活論」を否定する内容である。両国の指導者がお互いに相手国の客観的な実像を公式に認めた意義は大きい。 

4、靖国御参拝問題について、胡錦濤主席は「政治的障害」の除去を要請したが、安倍首相は「行ったか行かなかったか、行くか行かないか」には言及しないという曖昧方法を説明しただけだ。この点は日中関係打開のために双方の政治的な知恵を働かせた「棚上げ手法」であり、一定の評価はできる。同時に安倍首相が在任中に靖国参拝をしたことが表面化した場合にはリスクを伴う。

三、現代日本のナショナリズム

1、日本国内には1990年代後半から多様な形でナショナリズムが噴出し、複雑に絡み合い、相互促進的に強まっていることを認識する必要がある。主に4種類のナショナリズムに分類される。 @1990年代末の北朝鮮のミサイル発射によって昂じた他国からの脅威に対抗しようとするナショナリズムA中国や韓国からの歴史問題批判に対して自虐史観を否定し、過去の戦争を肯定しようとするナショナリズムである。以上の二つは排外的ナショナリズムである。また、B個人の尊重よりも国家への愛国を優先したり、強制しようとするナショナリズムC日本文化の優位性を主張しようとするナショナリズムがある。後者の二つは日本のアイデンティティを強めるナショナリズムととらえることができる。 

2、従来のナショナリズムとの違いを分析する。現代日本のネットの書き込みには中国、韓国への反感が直接表れている。

 @一般的な日本人は、軍事覇権の意図など捨てて平和を生きてきただけなのに、なぜアジアへの贖罪意識を何時までも指摘されねばならないのかという疑問と反発が頭をもたげている。A中国が急成長し日本と対等なプレーヤー、競争相手になり、生産基地として台頭してきたことへの反発と恐れがある。中国を経済的な「敵」として視ることで、軍事的な中国脅威論と奇妙に一体化してしまった。B日本の社会流動化と高度消費社会化は、新興富裕層「上流」と新貧困層「下流」を生み出した。若者の雇用不安を助長し、彼らの心理・感情がネットで中国や韓国への反発・攻撃に向かう傾向がでている。国内問題への不満が対外的な歴史問題に結びつく形だ。 2000年以降の小泉政権下では、日中韓での政治レベルの対立と民衆レベルでのナショナリズム浸透とが相乗的に顕在化した。小泉前首相が毎年靖国参拝を強行したのは、これを容認する世論があったからである。小泉前首相が「中国や韓国の反対に屈するな」と声高に叫び参拝を継続するたびに、民衆レベルでも共感を呼び支持率が上昇し、排外的ナショナリズムをますます高める結果になった。

3、中国や韓国でもネットで日本への過激な批判が噴出している。3カ国に共通しているのは、社会流動化に伴い組織から脱落する若者の個々の不安感の反映とみることができる。若者の雇用問題と東アジア規模でのナショナリズムの問題は共通の土台で考えることができよう。国家と国家がぶつかり合う従来のナショナリズムと、寄る辺のない個人によるナショナリズムとの識別が必要である。

 四、日本の政治経済改革と政治変動

1、日本の国会は1990年代後半から小選挙区制の導入という政治改革により、自民、民主の保守二大政党制へ近づいている。1955年から続いてきた自民、社会の保守・革新対立による体制が崩壊した。労働者や中小零細業者などの利益が代表されにくくなっている。社民党や共産党の勢力は弱くなり、日本の保守化が進んでいる点に注目する必要がある。同時にグローバリズムや国際競争へ対応するための経済改革により、経済的不平等の蔓延や格差の拡大、社会的にも評価主義や選別主義が導入され、不満や不安を持つ人がナショナリズムに向かうという側面が同時進行している。これは過去の日本軍国主義とは構造的に異なる社会状況である。

2、日本国憲法は第9条を軸に戦争放棄、戦力不保持を掲げている。1964年の中国核実験に危機を抱いた佐藤栄作内閣は極秘で日本の核武装研究を指示したことが最近明るみにでた。だが、佐藤内閣以来、核については「造らず、持たず、持ち込ませず」という非核三原則を国是としている。60年間、国際社会で非核?平和国家の道を歩んできたことを、中国も認識すべきであろう。

3、しかし、ブッシュ政権下での日米同盟の軍事一体化要求と日本自身の国際貢献への志向により、国家の論理が台頭し憲法改正への動きが進んでいる。焦点は米軍との一体的な軍事行動ができるようにするため、集団的自衛権を認めようという動きである。これに対しては海外での武力行使に道を開くことへの警戒感が日本国内にある。憲法9条を守ろうという市民団体「9条の会」が2000余り結成され、活動している。戦後日本は自由と平和、民主主義、主権在民の考え方が国民一人一人に浸透し、こうした市民レベルの活動が平和憲法の改悪を防ぐ貴重な役目を果たしている点を忘れてはならない。

 五、安倍新政権への懸念

 1、歴史認識の後退;安倍氏は首相就任後に、それまでの戦争肯定、核保有肯定などの右翼的強硬発言を「個人的な発言だった」と撤回し、先の戦争によるアジア諸国への謝罪を認め、非核三原則を堅持すると表明した。この点は評価していい。だが、極東裁判については戦勝国の一方的な裁きだとし、A級戦犯を戦争犯罪人と認めず「後世の歴史家の評価に委ねる」と表明している。これは日本が極東裁判の結果を受け入れてサンフランシスコ講和条約に調印し、国際社会への復帰を実現したという戦後日本の出発点を覆すことになる。こうした歴史認識の危険性に対しては今後も警戒が必要である。

2、靖国参拝支持;安倍氏は小泉前首相の靖国参拝を支持し、自身も靖国参拝を肯定する。先の大戦で命を落とした日本人兵士たちの霊を慰め哀悼の意を表明するのは当然の事としている。A級戦犯が祭られていようが、問題としていないのである。アメリカの議会からは靖国神社への批判と日本の首相の靖国参拝を非難する動きが顕著になっている。来年春以降の首相動向がカギになる。

 3、憲法改正への強い意欲;安倍氏の外交姿勢は小泉前首相と同様に日米関係を強固にすることを第一に挙げている。アジアとは強い信頼感を築くとしており、中韓と首脳会談の再開を早期に実現したことは評価できる。だが、安倍氏は海外で米軍との共同行動を進めるため集団的自衛権の行使を可能にする意図を公言している。北朝鮮への対応が加わった。日本政府は戦後の平和憲法のもとで「集団的自衛権は保持しても行使はできない」との見解を堅持してきた。これを崩すことになり、自衛隊の海外で武力行使が可能になる。戦後日本の安全保障政策の一大転換になり、アジア諸国などからも警戒感が増すだろう。

 六、拝外的ナショナリズム克服への対策

1、日中(韓)政府の責務は、領土領海問題などで政治外交問題に発展することを防ぐべきである。話し合いによる解決、共同運営を目指すべきである。同時に、政府広報の改善に務める必要がある。政府スポークスマンは相手国の世論に配慮した広報方法がより一層求められる。強硬な態度による広報がテレビなどにより相手国に報道されると、一般民衆から感情的反発を招く可能性が高い。ひいてはそれが相手国へのイメージ悪化につながる。

2、政府は国民の雇用・生活面の不満や不安の増大を防止するため、格差是正や社会保障などの経済社会政策を充実させる必要がある。

3、中国側は昨年4月の反日デモ以降、報道コントロールを実施し、反日的な報道が減ったことは評価できる。日中双方とも相手国の実情について理解不足による報道がある。相手国の国情を理解するために年間1千人規模の記者交流を提言したい。特に地方紙の記者派遣は「百聞不如一見」で効果的である。

4、ヨーロッパが第二次世界大戦後に和解の努力をした道筋を参考にしたい。仏独は政府間で1963年に条約を結び、゚毎年2回の政府首脳交流煌O交、国防、教育の主要閣僚の毎年数ヶ月ごとに定期協議癘年15万人規模の青少年交流などを具体的に盛り込み、実行した。日中間では主要閣僚の定期協議を増やすことや、今年から始まった年間2千人規模の高校生交流の規模を拡大すること、宗教者の交流を定期化することを提言する。

5、日中双方の学者・研究者が近現代に関する歴史共同研究に取り組み、基本的な「歴史事実」を共有する作業を積み重ねて、学校教育に副読本などの方法で取り入れるよう希望する。日中韓の研究者有志による歴史共同研究をもとに共通の歴史教科書を出版し、一部の学校で副読本として使用している。こうした実例を参考にしたい。日中関係の根底に横たわる歴史問題を放置したままでは、真の戦後和解、相互和解を果たすことはできない。

略歴 川村範行

 1951年生まれ。1974年、早稲田大学政治経済学部卒業後、中日新聞社入社。編集局社会部、外報部各デスク、上海支局長(1995年―98年)、社長室秘書部長を経て、2003年から東京本社(東京新聞)論説室論説委員。日本中国関係学会評議員。同済大学亜太研究中心客員研究員。

主要参考文献・資料 

丸川哲史「日中100年史―二つの近代を問い直す」

高原基彰「不安型ナショナリズムの時代」

宮部彰「ナショナリズムの現在」

内藤光博「憲法改正状況から見た日本の右傾化研究」

外交フォーラム(2006年9月)

 
 
 

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