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十年間の月探査への道が中国の夢を手のひらで支え
2013年 12月 2日16:44 / 提供:新華網日本語

 12月2日の夜明け方、「嫦娥」と「玉兎(ぎょくと)」は共に抱き合って「広寒」へとまっすぐに奔け、彼女たちは中国の宇宙船における初の地球外天体への軟着陸と月面の巡視・探査を実現させる見通しだ。宇宙を飛んで月へ奔けるという中国の夢は、我々はかつてそこからはこんなにも遠く離れており、そこからこんなに近くにいたことは今までなかった。

 十年間の月探索への道は、中国の夢を手のひらで支えている。嫦娥の小さな一歩は、中国の大きな一歩だ。2004年に月探査プロジェクトが正式に立ち上がってから、嫦娥1号、嫦娥2号、嫦娥3号は全国の人民と海外の華人の期待を引き連れて、天を飛んで月へ奔けるという中国の夢を手のひらで支え続けてきた。

 月探査への旅は、中国の深宇宙探査を切り開いた。

 2007年10月24日、嫦娥1号は蒼穹(そうきゅう)を突き抜けた。中国初の月探査衛星として、嫦娥1号の「月周回」の成功は、人工衛星、有人宇宙飛行後の中国の宇宙技術事業発展に次ぐ再度の一里塚で、中国の深宇宙探査が第一歩を踏み出したことを表している。

 月探査への旅は、絶えまなく中国の高さを手のひらで支えている。

 2010年10月1日、嫦娥2号がみごと打ち上げに成功し、世界初の解像度7メートルの月全体画像を獲得した。嫦娥3号のために一部の肝心な技術を検証し、開拓的な実験の中で初めて月の軌道から太陽 - 地球ラグランジュL2点まで赴いての科学的な測定を行い、小惑星トータティスに対して、近距離からのランデブー?探測を行った。現在、中国初の人工太陽系小惑星となった嫦娥2号は地球間との距離がすでに6000万キロを突破し、3億キロメートルの深空まで飛んでゆく望みが持てる。

 月探索の旅は、宇宙技術の新たな1ページを描き

 2013年12月2日、嫦娥3号は武装して出征した。嫦娥の3人目の娘さんが月面軟着陸に安定して「落ちてゆく」、月面ローダー「玉兎」号は月面の巡視?探査にゆっくりと「歩き出す」なら、中国は世界で3番目に地球外天体への軟着陸と月面の巡視?探査を実現した国になるだろう。これも中国の宇宙船における初の地球外天体への軟着陸での探査だ。

 国際深宇宙探査クラブでは、中国は後進者であり、追跡者だ。およそ半分世紀前に、ソ連の打ち上げた探査機は初めて月を掠めて過ぎてゆき、1969年に米国が有人での月面着陸を実現させた。

 着実に仕事をこなすことは国を盛んにし、それには強者が盛んにする

 中国は国際協力を願っているが、肝心な技術は買うことはできないのだ。革新型国家の建設は、我々自身による。中国の宇宙飛行士は他人の足どりを見てため息をつくようなことに甘んじることなく、自主的に革新することで成果を収めねばならない。中国の月探査者は特に苦しみに耐えることができ、特に戦うことができ、特に難関を攻めることができ、特に献上することができる宇宙技術の精神を発揚し、難関の攻略に励み合い、夜を日に継いでわき目もふらず働いている。

 グッドラック、嫦娥、中国の夢は円満だ。

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