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戦略的近視眼の日本に未来はない
2013年 11月 17日10:25 / 提供:人民網日本語版

 日本が釣魚島(日本名・尖閣諸島)を不法に「国有化」した後、この「閣議決定」と異なる見解を持つ日本の政治家はみな政府または国家の意志に対する反逆とされ、売国奴と見なされている。だがそれでも真理を堅持する人々がいる。広く知られている鳩山由紀夫元首相やノーベル文学賞受賞者の大江健三郎氏のほか、孫崎享?元日本外務省国際情報局長もこうした見識の高い人々の1人だ。  

 過去1年余りにわたり、孫崎氏は日本で寄稿し、著書を著し、テレビの討論番組に参加。釣魚島問題について繰り返し日本政府の過ちを批判し、「釣魚島は決して日本固有の領土ではない」と明確に指摘し、もし日本側が速やかに「誤解」を反省しなければ、事態はさらに緊迫した方向へ推移すると警告してきた。  

 「日本は早急に戦略的思考の欠如を改め」「米国への幻想を捨てて、日本自身の戦略を定める必要がある」。これが孫崎氏が日本の民衆に繰り返し説明し、伝えている考えの柱だ。「戦術には精通しているが戦略はおろそかにする」という思考的欠点を克服しなければ、日本が釣魚島問題で現在の難局から脱することはできないと孫崎氏は考える。  

 日本の戦略的思考の欠如には、自ずと文化的原因がある。1つには、日本は歴史上、命を惜しまぬタイプの「英雄」が尽きることなく次々に現れてきた。「命を捧げることを恐れず、全てを辞さない」武士道精神の前では、最小の代償で最大の勝利を図る「上兵は謀を伐つ」戦略は、一部の者の目には逆に「正義のために身を捧げねばならぬのに、命を惜しみ死を恐れている」あるいは「邪道」として映る。もう1つには、日本では、独立独歩の見識の高い人が小さな団体から排除、またはないものにされる事態が時々発生する。「出る杭は打たれる」を銘記することが、社会の多くの構成員にとって生きていくための鉄則だ。日本の民衆の大部分は分をわきまえ、自分の職責を超える事、例えば「団体の戦略発展の方向性」といった話題には少しも関心を抱かない。

 キッシンジャー氏はかつて日本について、戦略的思考能力を欠き、経済的視点から物事を考えることしかできないと鋭く批評した。実は日本の戦略的「跛行」の根源は、第2次大戦後に米国が米日同盟をプラットフォームに、日本の外交、国防、さらには一部内政まで主導してきたことにある。米軍は日本占領時、戦略研究関連の組織を全て廃止したうえ、大学での戦略研究も禁じた。この影響で現在も日本では、国防のトップレベル人材を育成する防衛大学でも、カリキュラムは理工系が中心で、戦略思想教育は脇も脇に追いやられている。民衆もみな「自国の安全は自国で守らなければならない」との意識を欠いている。

 第2次大戦後の日本に自前の戦略はなく、いわゆる米日共同戦略も米国の戦略だ。このため孫崎氏は、このまま行けば日本は米国の戦略の「銃と犠牲」になるだけであり、米国の世界転戦につき従う運命がほぼ決まってしまうと指摘する。戦略ミサイルが日本の細長い国土の全てを覆うことのできる現代世界において、戦車や軍艦がいかに整然としていても、兵士がいかに勇敢でも、日本にどれほど武力を発揮する余地があるのか?戦略兵器の時代においては、精練された戦術はもはや効を奏しないことを日本は知るべきだ。戦略的近視眼を克服しなければ、日本に未来はない。  

 幸い、日本の民衆は安倍政権の企みを徐々に見破り、大きな声で「ノー」と言い始めている。広島県日中友好協会青年委員会の由木栄司事務局長は「われわれは安倍氏の野望に強く反対しなければならない。さもなくば苦しみをこうむり、犠牲となるのは日本の普通の市民だ」と指摘した。孫崎氏は『アメリカに潰された政治家たち』で「私は一日でも早く、一人でも多くの日本人が、アメリカに対する幻想を捨て、対米従属のくびきから逃れて欲しいと願っています」と記した。  

 地域構造の大変動を前に、中日は現象の背後の真相を見極め、領土紛争が原因の政治的混乱を共に乗り越え、両国およびアジアの平和・繁栄・安定を最終目標に再び手を携えることができるだろうか?孫崎氏は割合楽観的だ。中国語と日本語には「人間の知恵と能力は自然に打ち勝ち、事の成否は人間次第である」との共通の言葉があるからだ。だが問題は、日本とアジアの人々の未来のために真に努力を払う考えが日本の右翼政治屋にあるのかだ。

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