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日中「金融協力パッケージ案」―「元」と「円」の共存共栄は?=成玉麟氏
2012年 6月 1日11:25 / 提供:
日本では報道の少ない「日中金融協力パッケージ案」の全容
 12月25、26両日の野田首相の対中シャトル外交は、中国と欧米の代表的なマスメディアに最も注目を集めたのは、北朝鮮問題でもなければ、来年の日中国交正常化40周年の問題でもない。日本では報道の少ない「日中金融協力パッケージ案」の全容である。

 民主党政権誕生以来初の日本首脳公式訪中を実現した野田首相の北京到着の12月25日を選んで、中国の中央銀行にあたる中国人民銀行は、そのウェブサイト上に上記「金融協力パッケージ案」のフレームワークを公表した。

 それによると、日中両国政府は、「元」と「円」による貿易取引の決済、通貨と債券の取引市場の形成の3分野、7項目に於いて市場機能を創出すべく、今後「日中金融市場発展共同チーム」を発足させる。

1.人民元と日本円によるクロースボーダー取引の決済
2.日本から対中進出企業を含む中国国内への人民元による直接投資の実施
3.人民元と日本円の直接取引市場の創設
4.人民元建てと日本円建ての債券市場の創設(日本企業による東京または海外市場での人民元建債の発行、日本国際協力銀行の中国国内での人民元建パンダ債の試験発行)
5.日本政府による中国国債の購入
6.民間セクターによるオフショアでの人民元建、日本円建の金融商品及びサービスの提供への促進
7.ASEAN+日中韓のチェンマイ・イニシアティブによる地域財政金融協調体制の機能、メカニズムの強化

 上記7分野の相互協力案は、日本側にとって政府と民間の意思があれば、実現困難な課題ではないが、一方、中国の現段階の金融システムにとっては、図の通り、経常項目、資本項目、オンショア市場・アフショア市場の4カテゴリに於いて、人民元によりできるものと、まだできないものとがある。

 まだできない部類に属するものの中には、特に上記第4項目のJBICによる中国国内での人民元建パンダ債の発行は、現在の中国オンショア市場では、外国政府系銀行としての発行が認められていないものである。

 即ち、三菱東京UFJ銀行やみずほコーポレート銀行のような外国商業銀行の中国現地法人による銀行間債券市場での人民元建債券の発行、または世銀傘下のIFC及びアジア開発銀行(ADB)のような国際金融機関によるグローバル発行以外に、第三の外国政府系銀行として中国国内での試験的発行権を認めるのは、中国金融史上初のことである。

 一方、第5項目の日本政府による中国国債の購入は、最終的に7800億円相当の100億ドル規模となるとの報道はあるが、日本の外貨準備高1.3兆ドルから見れば1%未満で、日本が現在保有している米国債やユーロ債残高のポートフォリオから見ても極めて小額なものである。にもかかわらず、実現となれば、G7をはじめとする先進国の中では、紛れもなく最初の出来事である。

 国債市場が低迷している一部のユーロ圏内の国々や米国にとって、特にこの第5項目に関心を払わざるを得ないのは、日本に触発されて、その後続いて他の先進国や、または外国国債の保有高の上位ランキングの国々による中国国債への投資分散現象は出現するか否かである。もし雪崩現象が出現するとなると、自国の国債への国際購入資金の流入が更に細くなり、これはもはや単なるG20で合意した人民元の柔軟性云々ではすまされなくなるからである。

 上記1―3は、図にある経常項目、資本項目、香港・シンガポールのオフショア市場で、中国政府は既にステップを踏んで自由化しつつある内容である。

 中国の対外貿易に於ける元建て決済の割合は、輸出入総額3.5兆ドルの約10%を占める。1年前は僅か1%に比べ、10倍増。来年は15%の3.7兆元になる見込み。

 その中、日中間の今年の輸出入総額は、両国貿易史上初の3000億ドルを超える規模に達する見込みである。しかし、その6割は米ドルによる決済である。元→ドル→円、またはその逆方向の通貨決済は、両国にとって為替リスクを蒙る他、本国通貨の両替による財務コストも無視できない。

 商社には輸出と輸入の双方向や第三国取引のような多方向の取引があり、また日中両国を含めた内外多様な取引先もある。商社とその取引先にとって、日中間、または第三国間の取引は円高による影響を大きく受ける現在、中国の客先や対中進出する外国企業の元建による対日本、対第三国の取引と投資への対応需要も徐々に増えてきている。

 日本企業の対中投資は、投資簿価は円貨、投資機能通貨は、米ドルによるケースが多い為、人民元高によるドル建て出資資産目減りの現象は顕在化しつつある。他方、中国の内需市場を狙う事業会社は、投資用、取引用の運用資金は、殆ど人民元で用を足す。昨今の中国金融引締めによる人民元の資金不足が発生するような場合、本来はトレードで得られた人民元を中国内需市場の投資や再投資へ回せば、あるいは、人民元による中国内外市場での社債の起債や、株式市場への上場による直接資本市場からの資金調達手段が多様化すれば、出資金の価値保全と資金調達コストの低減に繋がる。

 4と6は株式市場が低迷する日中両国の金融市場にとって、債券市場への新金融商品の投入によって活性化と規模拡大の好機となる。

 中国の国内流通債券市場は、現在20.1兆元(約3.3兆ドル)の規模、アジアでは日本に次ぐ第2位。オフショア市場の香港とシンガポールでは国債の売買規模はそれぞれ10兆元(約1.5兆ドル)。円建てと元建ての共同債権市場を創出すれば、両国のみならず、両国の通貨を現に流通しているアジア域内のインフラ整備から貿易・サービス・投資の促進までの潤滑油ともなる。

 日中両国の金融市場は、株式、債券などの一部の証券取引からスタートするものの、将来大口商品の先物取引等まで、地域内のセンター市場としてより大きな視野で育成すれば、やがて広域の証券取引市場のリーダーとして、日中両国のみならず、アジアや世界の金融市場の安定化と繁栄にも大きく貢献する存在となる。

 今回の「金融協力パッケージ案」は、このような大きな可能性を潜んでいる。その方向へ邁進するか否かは、両国の良識にかかっている。「対抗」や「牽制」で明け暮れするという負の政治思考から脱却し、国交正常化40周年という不惑の年を迎えた日中両国は今こそ名実とも「戦略的互恵関係」を構築するプラスの政治思考の転換へとステップアップするときだ。年暮れに行った今回の日中首脳会談は、その為のものとなれれば歓迎すべき動きである。

 両国の政治家や外交家と共に、両国の経済金融界を含む国民同士が、実務的で、建設的な「元」と「円」の共存共栄の時代へ向けての課題に対し、一緒に解答案を創り出すきっかけとなる「金融協力パッケージ案」は、日中関係の新たな発展の一マイルストンとなる。(執筆者:成玉麟)

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