ようこそ、中国上海!
中国国際輸入博覧会

Home >> 新着 >> 社会

南京で暮らす日本女性が守り続ける「中国との約束」

2019年 3月 21日12:08 提供:新華網日本語

侵華日軍南京大屠殺遇難同胞紀念館で、収集した「慰安婦」関連の新聞を見せる吉川淳子さん。(3月7日撮影、南京=新華社記者/季春鵬)

中国江蘇省南京市。日本と特別な関わりがあるこの都市には、複数の日本人が住んでおり、吉川淳子さんもその一人だ。2010年8月、吉川さんは甥と上海万博の会場を見学する機会を利用し、南京の侵華日軍南京大屠殺遇難同胞紀念館を訪れた。見学を終えた吉川さんの心は動揺し、しばらく止むことはなかった。それから8年後、彼女は同館のボランティアになった。

吉川さんは日本の大阪で生まれた。小学6年生の時に組み立てたラジオが、彼女と中国語の縁を結んだ。1978年、関西地方の複数の大学が中国へ見学に行く女子学生を募集することになり、吉川さんも申し込んだ。訪中団が武漢二七紀念館を見学した際、座談会で一人の年配の中国人が漢口で弾圧に遭った経験を語り、訪中団に対し「帰国したら今日見聞きしたことを必ず友人たちに伝えてほしい」と訴えた。吉川さんはこれを彼らとの重要な約束だと考え、それを守るために歴史と中国語の勉強を続けてきた。

吉川さんはその後、1997年にも中国を訪れ、3度目の訪中となる2009年には北京化工大学で勉強した。吉川さんは以前、薬局での勤務経験があり、中国医薬についてもある程度理解していたので、2011年には北京中医薬大学に進学し、医学を学んだ。同大学の本科と修士課程を終えた後、吉川さんは南京にやって来た。中国語に精通し、日本で近代史を専攻していた彼女は、侵華日軍南京大屠殺遇難同胞紀念館で主に史料翻訳業務に携わっており、時にはガイドも「兼任」している。吉川さんは「中国と日本の架け橋として、普通の日本人の立場で、日本人、特に若者に南京大虐殺の歴史を語りたい」と語った。

ボランティアの他にも、南京中医薬大学博士課程の学生として、普段は主に鍼灸・カッピングの練習や、薬草園で草本植物を見分けたりしている。

天性の明るさを持つ吉川さんは、中国人の親切でもてなし上手なところが好きで、買い物やおしゃべり、太極拳、広場でのダンスなどを楽しみ、既に南京の生活にすっかり溶け込んでいる。吉川さんは、南京はかつて痛ましい過去を経験したが、南京の人々は日本人を恨んではおらず、歴史を詳細に記録するのは友好と新しい未来を作るためだと述べた。(記者/季春鵬、邱氷清)