ようこそ、中国上海!
中国国際輸入博覧会

Home >> 新着 >> 上海

中医学有酸素運動「少林内功」が日本で大人気

2019年 4月 15日9:11 提供:東方ネット 編集者:範易成

李啓明氏

  中国上海市出身の李啓明は、1995年から日本の和歌山県御坊市にある北出病院の健康センターで、中医学内功推拿に属する「少林内功」の普及に努めてきた。

  「少林内功」というと人はまず中国のカンフーを想像するだろうが、李啓明によると、そうではなく、中医学の伝統的な有酸素運動のことを指す。「有酸素運動の基本は、ゆったりと、できるだけ負荷を少なく持続させることにあります。少林内功もこれらの条件に適っていて、いつでも、だれでも、どこでもできる運動なのです」。

  「少林内功」は中国伝統の養生法だ。内功推拿流派に属し、近年、上海市の非物質文化遺産にも認められた。站襠(たんとう:少林立禅)を基礎とし、足腰及び上肢の運動力を鍛える。体を強くし、健康促進、疾病予防などにも効果があるとのことだ。

  「少林内功」は1960年、上海中医学院に所属する推拿学院が出版する『推拿』に初めて掲載された。そして1961年に、全国中医学院教材の『中医推拿学講義」に記録された。李启明の父の李錫九は、馬万起という人から「少林内功」を学んだそうだ。李錫九は1937年に上海で推拿クリニックを開いて、「少林内功」を用いた治療を行った。息子である李启明は、小さい時から兄と一緒に父から「少林内功」を厳しく伝授されたという。知青(知識青年として農山村に下放されること)の時期が終わり、黒竜江から上海に戻った彼は、正式に中医学を勉強した後、上海中医大学付属曙光病院で働き始めた。そしてこの時期に「少林内功」に関わる資料を集め、現代の医学理論をもとに「少林内功」を解説するとともに、普及に努めるようになった。

日本で「少林内功」を伝授する李氏

  日本との縁は1993年、和歌山県にある北出病院の北出俊一院長と出会ったことに始まる。当時、北出病院は上海市普陀区中心病院と友好病院を締結していた。中医学を深く尊敬する北出院長は、中国から中医学の医師を招いて自分の病院で力を発揮してもらいたいと考えていた。そして1993年に上海市政府に対して求人票を提出し、人選と検討を繰り返した末に、李啓明が推薦されたのである。

こうして1995年、50歳の李啓明は日本に赴いて北出病院の健康センターで「少林内功」の教室を始めた。最初は5、6人程度の生徒しかいなかったが、しだいに50人以上の規模に拡大して行った。北出医師も参加して一緒に習練する中で、少林内功には驚くほどの効果があると知り、李医師と少林内功と出会えて本当によかったと感じたという。

  「少林内功」が普及していくにつれて、李啓明はだんだん人々から注目されるようになった。その後11年の間には、日本の健康関連の雑誌に「少林内功」の内容が掲載されたほか、日本語の紹介書籍も出版された。さらに、大阪府立大学総合科学部の研究要請を受け、関連する論文が東京生命情報科学フォーラムで発表された。

日本メディアが「少林内功」を報道する

  李医師は日本の10ヵ所以上の場所に赴き、「少林内功」を伝授した。この長年の努力の結果、今では習練者が10万人にも達している。2015年には上海で開催された中医薬国際フォーラムにおいて、北出医師の息子が「少林内功」に対する研究論文も発表した。

取材を受ける李啓明氏

  70歳を過ぎて、すでに第一線を退いた李医師だが、今でも毎年日本に行って中医学の普及に努めている。「私は北出俊一という親友に感謝の気持ちをもっています。彼のおかげで少林内功が日本で広まったのですから」、と李啓明は語る。そして「中医学には2500年以上の歴史があり、国内外で高い評価を受けて市場もあります。今、日本だけでなく、世界の多くの国で中医が重視されているので、私の願いは今後ももっと多くの人に少林内功を伝授し、より多くの人に健康を与えることです」、と最後に語った。

(編集:范易成)