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【愛申活 暖心春】在上海日本国総領事:中国の変化は驚くほど速い

2018年 3月 16日16:39 提供:東方ネット 編集者:王笑陽

 うららかな日和で桜の見ごろを迎えた上海だが、先日、東方ネットは在上海日本国総領事の片山和之氏に、中国改革開放40周年に関連するインタビューを行った。

 片山氏は2015年8月から在上海日本国総領事を務めている。上海での暮らしはまだ2年7ヶ月であるが、中国には1984年から何度も留学や仕事で来ており、改革開放以降の中国の変化を肌で感じてきたといえるだろう。

東方ネットの取材を受ける片山和之氏

 変化の激しさに驚き

 片山氏は、「中国はそれまでまだ遅れていた領域で、一気に世界の最先端になってしまいました。その変化が非常に激しいと思います。それが一番の驚きです」と語った。 そして思い出として、「30年前、中国の人々は皆現金を使っていました。紙幣はしわくちゃで、取り扱うのには注意が必要でした。日本ではずっと現金を使っていますが、中国では銀聯カードができたと思ったら、いつの間にかアリペイ等の電子マネーになって現金が要らなくなりました」と語った。 当時、固定電話はほとんど普及していなかった。その後の大哥大(昔の携帯電話の俗称)の時代からスマートフォンの時代まで、また、お店がまだ少ない時代から電子商取引の時代まで、片山氏は中国人と一緒に改革開放以来の急激な発展を経験してきたのだ。

中国華東地区の中日コラボレーションプロジェクトを紹介する片山氏

 ますます深くなる中日の経済貿易関係

 改革開放政策の中日関係への影響といえば、片山氏は「改革開放を始めたことは、中国と日本の関係を深めていく一つの大きなきっかけになったと思います」と述べた。

 1979年、日本の大平正芳首相の時代に日本のODA(政府開発援助)が開始された。片山氏は「上海に初めて来たのは1984年でした。その時の浦東は工場が少しと、あとは畑の広がる拡がる農村で、何もありませんでした。当時上海で一番高いビルは南京西路にある国際飯店でしたが、今の浦東には高層ビルが林立しています」、と語った。

 上海の街の建設に際しては、日本からたくさんの経験と力を借りた。上海浦東空港の一部は日本の支援で建設されたことや、宝武グループと新日鉄が長年にわたり協力関係を保っていることなど、片山氏は具体例を挙げて紹介した。

2017年は宝武と新日鉄友好交流40周年だった

 また片山氏は、現在の上海は中国と日本の経済関係の最も重要な地域だと述べた。上海に拠点を置く日本企業は1万社あり、上海日本商工クラブのメンバー数は約2400社で、世界の日本商工クラブの中で一番大きいという。さらに、日本の対中投資の80%と対中貿易の45%は、上海を中心とする総領事館の管轄圏内に集中している。

 そしてここ数年、ますます多くの日本企業がアリババのプラットフォームを通して中国に進出し、中国との貿易関係を求めている。片山氏は「日中国交正常化の1972年からこの45年間で、日中の貿易額は300倍以上も増えました。改革開放をしなかったらこれほどの発展はなかったと思います」と述べた。

 経済·貿易の協力以外にも、環境保護分野で中日は協力関係を打ち立てた。1990年代に北京で中日友好環境保護センターが設立。日本は大気汚染の防止や水質改善、砂漠の緑化などのいろいろな面で中国に協力してきた。

 文芸、国宝、青少年など、文化的交流が活発に

 片山氏は中日文化交流にも非常に詳しく、その成果を語ってくれた。その具体例として、まず映画交流においては、毎年6月に上海で行われる国際映画祭で、日本映画週間はすでに恒例の催しとなり、日本映画が必ず10本程度上映されるようになっている。日本の歌手もよく上海でコンサートを開催する。例えば、80年代に『昴』という歌で中国で有名になった谷村新司は、昨年も上海でコンサートを開いた。また、2016年に上海博物館で開催された日本醍醐寺文物展も特筆すべき出来事だ。日本の4大国立博物館館長全員が上海にやってきて展覧会に出席したことで、その文物の貴重さがわかる。逆に上海から日本に進出したものとしては、上海歌舞団による舞踏劇『朱鷺』は3度も日本で公演され、大人気となった。

 上海歌舞団による舞劇『朱鷺』

 青少年の交流も増えている。一例を挙げると、早稲田大学と頂新国際集団康師傅控股有限公司による夢プラン留学プロジェクトがある。中国の5つの大学(北京大学、清華大学、復旦大学、上海交通大学、浙江大学)の学生を対象に、半年に1回招聘して早稲田大学に留学させる計画である。そのプロジェクトが終わる際の歓送会はいつも上海で開くことになっていて、取材に訪れた当日はたまたまその日に当たっていた。また、片山氏は大学生との交流を楽しみにしていて、毎月上海の大学生を10人くらい公邸に招いて意見交換をしている。2年前に熊本地震が起きた時には、上海甘泉中学の学生から義援金をもらったそうで、非常に暖かい気持ちを感じたそうだ。

 日本で行われた早稲田大学-康師傅夢プランプロジェクト留学生歓迎会(写真は早稲田大学の公式サイトから)

 最後に片山氏は、「日中は隣同士で、中国がよくなると日本もよくなり、日本がよくなれば中国もよくなります。だから両国は戦略互恵でウィンウィンの関係と、経済·文化·政治及びより多くの分野における協力と交流を求めていくべきだと思います」と中日関係対する今後の期待を述べた。