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評論

「航行の自由」再び持ち出す、米の真意を問う

2017年3月13日 9:11
 提供:新華網日本語

米国防省がこのほど発表した「2016年度『航行の自由』作戦に関する年次報告書」で、中国が南海で「過剰な海洋権益」を主張し、南海における「航行の自由」が妨げられたとしています。この古い論点を米国が再び持ち出したことは、中国の主権と海洋権益への挑戦です。中国が領海基点を区画する基準は「国連海洋法条約」の規定に合致したもので、これまで、現在、あるいはこれからも、関連法律を順守した船舶であれば、その南海海域での「航行の自由」が中国により妨げられることはありません。

事実、中国はいかなる国のいかなる合法的船舶の「航行の自由」も妨害したことがないばかりか、巨額な資金を拠出して、自ら建設した島嶼で5基の大型灯台まで建造しました。灯台は洋上で安全航行を道案内する重要な公共施設で、これらの灯台は中国船舶のみならず、諸外国の船舶にも安全な航行を提供しています。南海海域最大の沿岸国として、中国は「航行の自由」を妨げていないばかりか、それを保証するために力の及ぶ範囲で利便化を図ってきました。

これに比べて、米国の「航行の自由」での動きを見れば、誇れる歴史ばかりではありません。1993年7月23日、米国は中国の貨物船「銀河」が化学兵器を製造するのに必要な原材料をイランに運搬しようとしたという情報を入手したとして、中国に制裁を加えようとしました。それと同時に、軍艦とヘリコプターを出動させ、「銀河」を差し押さえました。しかし、その後9月4日まで続いた検査の結果、「銀河」から疑わしい材料は一切見つかりませんでした。それにも関わらず、「銀河」は33日間も通常な運行を停止せざるを得ませんでした。これに対して、米国はいかなる謝罪と賠償も行なっていません。これこそが米国の提唱するいわゆる「航行の自由」とでも言いたいのでしょうか。

また、2013年12月、中国海軍の空母「遼寧艦」編隊が中国南海の排他的経済水域で訓練をしていた際、米海軍のミサイル巡洋艦「カウペンス」の接近偵察と遭遇しました。「遼寧艦」は試験、訓練に先立ち、臨時に演習地域を区画して、その情報を国際社会に報告していました。慣例に従えば、他国の艦隊が任意に演習区域に入ってはならない上、実際に入ってしまった後は、海上航行の規定に従い、中国側主要艦艇の航路を避け、しかも主要艦艇の指揮に従うものとなります。もし通知に従わず、演習地域に進出した場合、すべての責任を自ら担うことになります。しかし、米海軍巡洋艦は中国軍艦の500メートル未満のところにまで接近しており、中国が停止を迫る事態となりました。これこそ、米国の提唱するいわゆる「航行の自由」とでも言いたいのでしょうか。

米国は、1979年に「航行の自由」作戦を始めて以来、事実上、その強大な海上の力に任せて他国の主権と沿岸の主張に挑んできました。「航行の自由」は米国が他国の内政を干渉する上での手段にすぎません。米国は南海域外の国として、何度も軍艦をこの海域に派遣して、難癖をつけてきています。このことは、域内諸国の自由を妨げるものです。そのような観点から本質を言いますと、米国の主張する「航行の自由」は排他的なもので、「米国一国のみの自由」と名前を改めたほうがより実情に合うものになるかもしれません。

米国防省は毎年、「航行の自由」を理由に、中国の主権と海洋権益に挑戦してきましたが、今年の年次報告でもこの古い論点を再び持ち出しています。これは米国による中国抑止政策の延長戦上のものにすぎず、米国の覇権を裏付けたものでもあります。しかし、米国の覇権の衰えはすでに争うことのできない事実です。同盟国への鼓舞として、それ以上に敵対相手に力を見せつけるために、米国は南海問題で事件を作り出しています。その意図するところは、自らの覇権の土台がまだ確かなものだということを見せびらかしたいことにあります。

海洋は地球の表面を覆う最大の公共空間で、「航行の自由」がこうした公共空間の属性の一つの表れです。一方、「航行の自由」は権勢を頼りにした横暴なふるまいをすることを意味しません。他国の不自由、引いては不安全を土台にしたいわゆる「航行の自由」は受け入れることのできないものなのです。

(中国国際放送局)