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嘉州文化伝える城壁「楽山の長城」

2018年 11月 9日17:37 提供:中国国際放送局

四川省楽山市は、岷江、青衣江、大渡河の3つの川が合流したところに位置し、かつては「嘉州」とも呼ばれました。南宋(1127~1279年)の末期に建てられた城壁は嘉州の街を守る強固な塀として、洪水を防ぐ堤防の役割を果たしてきました。

▲楽山の城壁①(撮影:張小平)

長い歴史の中で、嘉州の城壁を修繕する際は必ず地元産の原材料が用いられており、壁、城門、弓や銃を構える小窓を備えた胸壁などにも、楽山で取れた赤砂石が使われています。長さ数十キロもの赤い城壁は、川の岸辺にある赤い絶壁と共に輝くことから「赤い石の城」と形容されます。

▲楽山の城壁②(撮影:張小平)

城壁のレンガや石の一つ一つが、歴史の足跡を残し、嘉州文化の特色を示す重要なファクターとなっています。先人たちの強さと知恵が凝縮された城壁は、この街の精神的な象徴とも言えます。

▲楽山の城壁③(撮影:張小平)

最も古い城壁は、明の時代(1368~1644年)に建てられたもので、約2600メートル。その大部分は会江門から水西門、拱宸門から老霄頂の間に位置しており、4つの城門が現在も形を留めています。また、清の時代(1636~1912年)に建てられた城壁は、人和門から嘉楽門までの約400メートル現存し、同じく4つの城門が残っています。

▲楽山の城壁④(撮影:張小平)

国連都市管理プログラム (UMP)の専門家たちは、この城壁を「楽山にある万里の長城」と呼んでいます。(藍、謙)